第45話 口から零れた落ちた言葉は……
「撹乱だ!! 煙を焚け!!」
谷に響き渡るカリフ王の命令の声に反応したのは地中で待機していたモグラたちだった。
彼らは竜の足元まで地中を掘り進んで近づいていたのだ。
掘り進んだ穴から顔をひょこひょこと覗かせている。
持っていた丸い玉を地面に置いて火起こし石を取り出した。
モグラたちが置いたのはけむり玉というもので導火線に火をつけてあたり一帯に煙を焚くものだ。
火起こし石で導火線に火をつけるとモグラたちはすぐさま穴に潜った。
シュ、シュウウウウウウウウウウ
けむり玉から次々に煙が焚かれ、辺り一帯を白い煙が覆いつくした。
「ウウウウウウウウ!!」
悪しき竜の視界が大量の煙によって封じられていく。
(――早くしないと逃げられる!)
「!? おっ、おい!!」
「――走ったままだ!!」
ルロウが背中に起きた異常事態を察知して叫んできたのは、
走っている最中にロードがその背中に立とうとしていたからだろう。
それでもこうするのは、すぐに動ける体勢でいたかったからだ。
思い切った挑戦だったが、フラつきながらも立つことに成功した。
「おおん!?」
「チュウ!」「チー!」「本気チャア」
丁度そのとき、そこから飛べば竜の元に行けるだろうと思われる高い斜面をルロウは走っていた。
竜のいる下までの高さは数十メートルもあって失敗は出来ない。
(ここから飛び降りるのは賭けになるが)
(チャンスは待ってくれない)
(白い煙が竜を隠す前に)
(――行くんだ!!)
「ありがとう。ルロウ……」
ダッ! と乗せてもらったルロウには悪いが、その背中を蹴って飛び降りた。
「「「チャアアアアアアアアアアア!!」」」
(あの絵本の主人公なら、こういう場面でこうやって飛ぶはずだ!!)
落下中に鞘から赤く閃く竜殺しの剣を引き抜いた。
「……ありがとう」
心の底からの思いが口から零れた。
その一言はここまで来るのに心の支えになってくれたネズミたちへ。
その一言はこの場所に連れてくるために最高の走り続けたルロウへ。
その一言はこの赤い剣を託すにたる存在と認めてくれたカリフ王へ。
その一言はこの情景を作り出すために生命を懸けて戦う衛兵たちへ。
その一言はこの強い気持ちが力だと教えてくれたシャルンス王子へ。
心の底からの思いが口から溢れた。
谷の深さも気にせず真っ逆さまに落ちていく。
けむりの向こうにいる竜の真っ黒い影を捉えた。
竜殺しの剣の切っ先を世界の敵に向けて合わせる。
恐ろしく強い力を前にしても心に乱れも迷いもない。
これで悪しき竜は討伐され幸せな世界を取り戻される。
竜を一撃で葬り去ることの出来る赤い剣が、この両手によってその役目が果たされる時が来た。
もし、今の状況が誰かの作り話だったのなら。
まさに伝説が誕生する瞬間。
まさに英雄が誕生する瞬間。
まさに平和が誕生する瞬間。
僕はこういう風に見られていたかもしれない。
「……ありがとう」
自分の声ではないそのセリフが聞こえてこなければ、そういう瞬間だった。
「――――っ!!!?」
落ちている最中に思考が停止しそうになった。
反射的に剣を引き下げることはしなかった。
竜の身体に衝突して、固い地面に激突した。
衝撃の痛みにすぐには起き上がることが出来なかった。
「――ううぅ!! た、倒せてない!?」
(や、役目を果たせなかった……)
(ありがとうって……なんだ……?)
(なんで、オレと同じこと言ったんだ……?)
竜の広げていく真っ黒い翼がはばたかれると、辺り一帯の煙が吹き飛ばされていった。
(し、失敗した)
目の前に悪しき巨体がある。
その目には微塵の感情もない獰猛な瞳がある。
竜殺しの剣を正面に構えると、悪しき竜は近づけようとした顔を下げた。
けれど、竜殺しの剣という圧倒的な優位を手にしているはずなのに身体に異変があった。
手が震えている。
今さら、恐れはない、怖さもない、なのに震えている。
今にも剣を落としてしまいそうなほどに手がふるふると震えている。
「お前は、どこから来た……?」
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
やっぱり悪しき竜は答えなかったが問わずにはいられなかった。
絵本の主人公のように戦う道を進むと決めたはずなのに。
このときロードは道に迷ってしまったから。
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