第7話 騎士団

 黒い仕事着に着替えたシスターに伴われて街に出た。道は礼拝堂を中心に放射状に伸び、礼拝堂の周りと南北に抜ける通りにだけ石畳が敷かれていた。街道なのだ。

 シスターは北に向かって歩いた。墓地の丘が左手に見えていた。

 丘を過ぎると石造りの塀に囲まれた立派な建物が現れた。長く真っ直ぐなプロムナードを入っていく。前庭は広い割に整えられているわけでもない。植栽もない。なんなら土の地面が剥き出しだ。

「冒険者ギルドですか」

「そうですね、そんなところです。この街には常駐の神聖騎士団があって、騎士団が雇う形で傭兵ギルドが置かれているのです」

「公設ギルド」

「ええ」

「夜の仕事というと、見回りみたいなものですか」

「そうです。夜警です」

 副業で警備員というのは現世ではしばしば聞く話だ。そんなところか。

「テツヤさんは自分のスキルを把握しているのですか?」

「スキル? あるにはありますが、セールス四十八手の極意は決して人に言うなというのが社訓で、……いや、そういう話ではなくて、ですか?」

「スキルというのは……なんというか……うーん、スキルです。個々人によって異なる生まれつきのマナの出力方法と言えばいいでしょうか」

「あ、そっちの」

「わかります?」

「わかります。僕のスキルが何か、と聞かれると困るんですが。というか僕にもあるんですか?」

 シスターは頷いた。

「てはその確認も頼みましょう」


「シスター・マリアンナ、おはようございます」受付さんはシスターを知っていた。

「おはよう。ラトナはいる?」とシスター。

「呼んできます」

 シスターはカウンターを離れてラウンジのソファに座った。毛皮――シカだろうか、中綿は藁のようだけど手触りが良かった。

 まだ人気は少ない。奥にバーがあって数人眠そうに飲んでいた。夜勤明けの雰囲気だ。

 ん……ん?

 もう10時だが?


「やあシスター」

 僕が気を取られている間に金髪美女が階段を降りてきた。長身で体が薄くてモデルさんみたいだ。パレオタイプの水着のようなざっくりした赤いツーピースの下に、ぴったりした半袖のインナーとスパッツを着けていた。

 が、最も目を引いたのはその扇情的な格好ではなく、耳の上に生えた黒い角だった。羊の角をまっすぐに伸ばして2,3回ねじったような具合で、やや左右非対称だった。

 コスプレ……ではなさそう……だ。

 シスターもマーメイドを見たと言っていたし、亜人的な人々が存在する世界観なのだ。

 とすると、魔人……いや、龍人といったところか。

「ラトナ・ボルカ。騎士団の龍騎士。こちらはシワス・テツヤ。旅の方。昨日、お墓を掘るのを手伝ってくれた人」

 僕が固まっている間にシスターが引き合わせた。

 ラトナは一旦手を差し出しかけたが、その前に片膝をついて頭を下げた。肩丈より少し短い金髪が目の前でさらさらと揺れた。角の造形もよく窺えた。単に黒いのではなく貝殻のような光沢があった。

「騎士への弔い、痛み入る。死者に代わって感謝申し上げる」

「略儀ながら、謹んでご冥福をお祈り致します」

 ラトナはやや驚いて顔を上げた。

「これはご丁寧に……」


 ラトナが立ち上がったところで我々は簡単に握手を交わした。

 彼女は明らかに騎士だった。軽装だが革の帯に剣を吊っている。スパッツの裾からよく鍛えられた脚の線が露わになっていた。

「彼に仕事を紹介したいの。夜警の席は空いてない?」

「空いてるよ。誰も夜になんて働きたがらないからね」ラトナはソファに座った。「剣は?」

「使ったことはありませんが」

「じゃあ弓は」

「高校で弓道を」

「いい家の出だね。体力は。普段走る?」

「スピードはともかく、距離を歩くのは苦になりません」

「いいね。今日の夜は来られる? 9時の鐘が鳴ったらここの表に来て。使えそうなら火木土で入ってもらう」

「週3日」

 どちらかというと僕は曜日が通用することに驚いていた。1週間が7日なのだ。というか1週間という概念が存在するのだ。

「人が足りないんだよ。嫌ならお友達でも連れてくるといい」

 ん……ん?

 つまり週3日も勤務すると休みが少ないという感覚なのか?

「いや、国では週に5日は働くのが当然で」僕は言った。

「5日」ラトナは手を止めた。ここまでで一番高い声だった。「遠征か行商で?」

「いいえ、何と言うか、普通に」

「勤務? 決まった職場に?」

「はい」

「どこの国よそれ。小農ならまあわからないけど、街の中でそんなに勤勉なのはシスター連中くらいで……」

「でもラトナさんだって呼んだら下りてきた」

「それは裏に家があるから。詰めてたからじゃないわ。ベタが出た時は別だけど、毎日勤務してるやつなんかいない。シスター、いい家とは言ったけど、箱入り嫡男とか帝王学漬けの王子様とかじゃないわよね?」

「それはない。大丈夫。まだここへ来て日が浅いというだけのことなの。努力家よ」

「信じるよ?」

 荒っぽい口調だけど愛嬌のある声だ。歳はシスターと同じくらいだろう。

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