呪骨杖
テンジュは夢を見ていた。 とても懐かしくとても辛い記憶の塗り直し、そんな夢を見ていた。
待ってよ!置いてかないでよ、一人にしないでよ。僕には貴方達しかいないんだ。だから待って…
小さい子供の姿をしたテンジュがひたすらに誰かを追いかけている。大声で叫びながら追いかけるその姿は、どこか必死で痛々しい。
何度も何度も待ってくれと言うのに、前にいる人物達は振り返りもせずやがてどこかに行ってしまった。テンジュがどんなに走っても追いつかず、どんなに叫んでも声が届かない。そんなかつての出来事の焼き直しのような夢もう何度目かも分からないその夢は、未練だったか後悔だったか、テンジュはそんな事ももう忘れてしまった。そんな古く忘却された記憶の夢、忘れるなよと問いかけてくるような夢、今回も決まった展開に沿うように置いていかれたテンジュが泣いているいつもの結末を迎えた夢はやがて醒める。
「アァ……ナンダ……ドコダ……ハッ…」
テンジュは、自身の愚かしい行動で、意図せず種族を変えてしまった影響で倒れてから、四日ほどが立った時ようやく目覚めた。
長く深い眠りから目覚めたテンジュは、最初まだ寝ぼけていて状況が掴めていなかったが,やがて寝ぼけた頭が回りだし思い出す。
世界が変わった事、自分が何をしたか、結果としてどうなり、自分はなぜ倒れていてどうなったか。 ハッとしたように最後に聞いた頭の声のことまで鮮明に全てを思い出したテンジユを一つの感情が襲う。 それは歓喜だった。形容し難いほどの歓喜。テンジュは歓喜した、激痛に見舞わられながらも人を辞められたと思える状況に、退屈な現実が終わっていたという忘れていた事実に。ただひたすらに歓喜した。
目覚めて、この状況を思い出して狂ったようにしばらく歓喜していたテンジュだったが、やがて感情も落ち着き寝転がったままの状況から立ち上がった。 するとその時体に違和感を感じた。 スムーズすぎるのだ、何というか体が自分の思った通りに動き過ぎて逆に気持ち悪い。 それとやけに頭だけいつもより重い。 そんな違和感を感じたテンジュだったが、それもそのはずでそもそもテンジュもう人ではないのだから人間だった時と比べて感覚に違和感があるのは当然だったし、頭が重いのは本人はまだ気づいてないが額から角が生えているからだった。
違和感の原因を探したテンジュはやがて額の角に気づいて、そういや人間やめたわ。と自分が種族変異?とやらをしたと思い当たる。この時テンジュの外見は既に角が生えただけでなく身長も伸び筋肉も異様に発達していてかなり変わっていたのだが、狂人五逆天授にとってはその全てがどうでもよかった、というか自分が楽しきゃいいと思い、あまり気にしなかった。そして体を起き上がらせ伸ばしつつこれからについて思考を始める。
さて 目覚めたは良いがこれからどうしようか。天賦とやらが本当に使えた以上おそらく世界が変わったってのは事実だろうな。そうと決まった以上俺の目的はこのナニカが変わった世界で自由に楽しく生きる事なわけだが、それにはまず外の状況の確認と新世界とやらで我を通し続ける圧倒的な力が必須と。外の確認はこれからするとして、力に関してはまだ確認してない事が一つあったな差し当たりそれの実験を続行しよう。
思い立ったら即行動とばかりにすぐに起き上がった天授はその足で休憩室に向かった。
休憩室に着いて中に入るとテンジュは顔を顰める
うげ! なんて匂いだ。本当にクソみたいな奴だな。死んでまで人を不快にさせるなんて最悪だね。それはそうとアイツの死肉の周りなんか黒いのがモヤモヤしてるけどなんだ? 少し見てみるか。
匂いに若干理不尽な悪態をつきながらハゲ狸の死体というかミンチ?に目を向けた天授の視界に奇妙なものが写った。何か黒いものが死肉から漂っているのだ。不思議に思った天授は分析眼を行使してみる。
『ハゲ狸の死呪肉 状態 怨呪』
なんだこれは? 状態 怨呪 ってなんだ?
HAッHAHA HAHAHA HAHAHA HAHAHA HAHAHA HAHAHA HAHAHA HAHAHA
まさか一丁前に恨んでるのか? なんて面白い奴だ。 どこまで俺を笑わせてくれるんだよほんと。 だがまぁいい。これ自体は楽しそうだ。 それに丁度試してなかった能力にはうってつけそうだしな。
一通り笑った後、天授は部屋の隅に落ちていた殺しに使ったゴルフクラブを手に取る。そしてまた、先程とは種類の違う薄気味悪い笑みを貼り付けると死肉に向かって「抽出」と唱える。
天授が抽出を使うと死肉内にあった骨の破片と死肉に纏わりついていた黒いモヤモヤがそれぞれ集まってテンジュのまえで宙に浮いていた。 テンジュはその黒いモヤモヤの集合体にに分析眼を使ってみる。
『ハゲ狸の呪怨 状態 採れたて』
採れたてって野菜じゃねぇんだぞ。と心でツッコミを入れながら、予想通りの結果に満足したテンジュはそれとともに抽出した骨片を自分の手の持つゴルフクラブに合成した。
瞬間、怪物の産声のような甲高い音が鳴り、視界を白い光が埋め尽くすと次の瞬間テンジュが持っていたのは元のゴルフクラブとは似ても似つかぬ黒い骨で出来た悍ましい骨杖だった。その時点でテンジュのテンションは最高潮に達していたが、ついこの間の失敗から学び精神を制御して成果物に分析眼をかけた。
『呪骨杖 状態 空腹』
予想通りだ。悪くない。見た目も生かすし使い勝手もゴルフクラブをもとにしてるから良いだろう。あのハゲも最後に人の役に立てて感謝してるだろうね。あっはははははははハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
呪骨杖の出来は予想通り素晴らしいものだった。外の状況がわからない以上強力な武器は必要だなと思っていたこともあり、満足の行く結果と言えた。恐らくこれからこの武器とは長い付き合いになるそんな根拠のない予感がした。
呪骨杖の制作の後、テンジュは外へ出る準備を始めた。外の状況は以前不明、しかしもうすぐ一人の狂人が外へと解き放たれることだけは確かだった。外を吹く風がまた一段と強くなった気がした。
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ピコン ハゲ狸は杖になった。
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