第20話:ちひろ


 手紙を私に預けたみおは、心底安心したような様子だった。

 

(あー、かわいいなー)

 

 青井さんの件に限らず、みおは高校に入ってからは全然余裕が無い様子だったけど、先日私の家に泊まった後は、憑き物が落ちたように柔らかい表情をするようになった。

 良い変化なのだと思う。

 私は私で、みおの力になれたのが嬉しかったし、何よりもみおが、みおらしく笑ってくれるがたまらなく嬉しかった。


 校門をくぐったあたりから、明らかにみおが緊張しているのがわかる。

 ぎゅっと学校指定のバックを握って表情もぎこちない。

 

「みお、大丈夫だよ」

「そ、そうかな。変な目で見られたり、何か言われたりしないかな」

「大丈夫、大丈夫、久しぶりだから、少し驚いた顔をされるかもだけど、それだけだよ」

「そうかな…………」

「そうだよ。それに、みお、前もそこまで目立ってなかったから、みんな違和感なんて持たないって」

「それって、逆にどうなのー?」

 

 プリプリ怒っているのを見ると、子供のようで追加でからかいたくなるけど、グッと堪えて我慢する。

 逆の立場だったらと思うと、みおの気持ちはすごく理解できる。

 私の役目は適度にみおの緊張を和らげること。

 

(がんばれ!みお)

 

「おはよー!」

 

 先に教室に入り、いつも通りに挨拶すると、私の影に隠れるようにみおも教室に入り「おはよぉ」と、消え入りそうな声で挨拶をした。

 

「おはよー」

「おーっ」

「はよー」

 

 とクラスメイトからの思い思いの挨拶が返ってくると、私を見た視線は、自ずとその後ろにいる縮こまったみおにも向けられた。

 

 みおは、クラスメイトの反応に困っているようにみえたが、向けられた視線は決して悪い感情を含んでいるようには見えない。

 

「お、風間さん復活?」

「もう調子大丈夫なの?」

「おひさー」

 

 予想通り、好意的な挨拶しか返ってこず、みおも緊張が解けたのか、ふと表情を和らげた。

 ただ、そもそも今まで積極的にクラスメイトと交流が無かったので、話しかけられても距離感が分からないように見えた。

 

「今日からまた来る」

「もう大丈夫」

「元気」

 

 と、なぜかカタコトで返答するみおの姿があった。


(みお、よかったね)


 心配していたことは何も起こらず受け入れられ、先ほどの緊張感も解けてみおも安心したようだった。

 あおいはまだ登校していないようだけど、あとは折を見て手紙を渡せばいい。


 朝のホームルームがはじまる少し前に、あおいが教室に入ってきた。

 

「日和おはよー」

「おはよー」

 

 と、入り口付近の友達と挨拶を交わしていた日和だったが、みおを目にするなり一直線にみおの席に向かっていった。

 

「あ、あおい……」

「風間さん!」

 

 私の声がけよりも早く、あおいがみおに声をかけた。まさかみおは、青井から声をかけられると思っていなかったので、明らかに驚いた表情で声もでずに、目と口を見開いてあおいの顔を見ている。


(あおい、日曜日の連絡じゃ、みおが一人の時を見計らって話してみるって言ってたのに。本人前にしたら我慢できなくなっちゃったのかな)


 あおいから連絡が来たときはびっくりしたけど、あおいもみおとの関係をなんとかしようと思っていたみたいで、少し気持ちが楽になっていた。


「風間さん」

 

 反応がないので、あおいは、再びみおに声をかけた。ただ、先ほどと比べると少し声が和らいでいるように感じる。

 

「は、はい」

「学校来られたんだね。よかった。ちょっと、話したいことがあるんだけど、放課後、時間空いてる?」

「放課後……だいじょうぶ。です」

「よかった。場所は、適当でいいか、終わったら駐輪場集合で」

「わ、分かった」

「よろしくね」

 

 そう言い残し、あおいは自分の席に向かって歩きだす。

 おあいとみおのやり取りは少し注目を集めていたようだったが、特に変な会話でもなかったため、雑多な会話の中に埋もれていった。

 

「みお、大丈夫?」


 まだ放心状態のみおに声をかける。

 

「うん。大丈夫。大丈夫」

「話する約束、取れちゃったね。手紙、どうする?渡す?」

「あ、手紙。どうしよう。でも……。手紙は、渡してもらえる? ありがとう。その時に、駐輪場に行くからって伝えてもらえるかな。手紙には別の場所を書いちゃったから。ごめんね、ちひろ」

「ううん。それは全然いいよ。わかった。手紙は渡しておくね」

「うん」

 

 チャイムが鳴ったので、私も席に戻る。


(二人とも、がんばれ!)

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