第19話:美桜と日和①

 

 ちひろの家から戻ったが、不思議と母親からも父親からも何も言われず、ただ「どこかに行くときは連絡しなさい」という注意を受けただけで終わった。

 ちひろ母のおかげかもしれないが、逆に何をしたらこうなるのだろう。


 あっけにとらわれるほどあっさりと日常に戻った。

 

 いや、日常というにはおかしい。

 学校に行って、初めて私の日常が戻ったと言えるのだろう。

 

(大丈夫かな…………)


 友達もいないし、学校だって図書室意外に自分の居場所があったわけではない。

 教室に私がいないことが普通になってしまっているのではないかと、漠然とした不安を抱く。

 

(変な目で見られたらどうしよう)

(悪口とか言われないかな)

(………………)

 

 こんなものか…………。

 漠然とした不安は拭えないまでも、その不安が何から生じたのかを整理したところ、自己ボッチ認定した私にとっては、この程度だった。

 別に、今までとなにも変わらない?

 

「う〜〜」

 

 薄々は分かっていたけど、思いがけず判明してしまった事実があまりにも恥ずかしく、ベットの枕に顔を突っ込み、変な呻き声をあげ足をバタつかせる。

 

 これ位以上考えてもしょうがない。

 そもそも、私のことはどうでもいい、一番重要なことは、きちんと青井に謝ること。

 

 昔からから口下手だし、どんな話をしていいのか、どんな状況で話をすればいいのか、どう話しかければいいのか、何も分からない。

 ただ、何もしないというのは、ナシ。

 

 下手でも、不器用でも、カッコ悪くてもいい。

 青井を怒らせてしまう可能性も高いだろう。

 それでもやらなければならない。


(どうしよっかな…………)

 

 青井と話をするにしても、人の多い教室で話をする訳にはいかないし、そもそも私が無理。

 となると二人きりになる必要があるが青井は常に誰かと一緒にいる。

 一人になるタイミングを探すのも難しいし、話しかけるタイミングがなくて延び延びになってしまうことも避けたい。

 そうなれば、やはり呼び出ししかないだろう。

 

 うまく言葉で呼び出せる自信は……ない。

 話しかけるタイミングも無いかもしれない。となると……。

 

「手紙、手紙書こう。うん。それを手渡し……は無理。下駄箱も、ロッカー形式じゃないからダメ!」

 

 下駄箱に入れた手紙が誰からも見える状態で、しかも万が一誰か他の人に見られたらと思うと、それこそ私の学校生活が終わってしまう…………本当に終わるのかな?

 

 本当に私の学校生活が終わるのだろうか……?

 意外と終わらないかも…………やめよう。

 この話題を深掘りしたら、それこそ立ち直れない事態になるかもしれない。


 私の手紙。

 他の人に見られたら、ちゃんと私の学校生活は終わって欲しい。

 

 つい先程まで漠然とした不安に駆られていたはずだけど、いつの間にか破滅を望み、よく分からない破壊衝動にウキウキしてしまいそうになったが、気を取り直して手紙を書く。

 スマホでのメッセージのやり取りが当たり前の時代に、手紙を書くことになるとは思わなかったけど仕方がない。


(青井の連絡先も知らないし…………)

 

 いざ書こうとなったら、何を書いていいか分からず、声にならない呻き声をあげて四苦八苦しながら完成せた。

 ただ何も考えずに書き進めたため便箋が10枚超えている…………。

 流石に内容が重すぎるので、結局、ものすごくシンプルな内容で落ちつき、書き上げた頃には日曜日の明け方近くになっていた。

 つぐづく色々な才能がない……。


 少し仮眠をとった方がいいのはわかっているけど、寝過ごしてしまって迎えに来ると言っていたちひろに迷惑がかかるといけないのでそのまま起きていることにする。


 帰宅早々、頭が青井のことでいっぱいだったので、ふと我に返って部屋の中を見渡すと、ちひろに連れ出された時のままの乱れた部屋が目に入る。


(ひどいありさまだ…………)

 

 でも、ちひろは私をここから連れ出してくれた。

 私のそばに寄り添ってくれた。

 

 私は、私を許すことができない。

 そしてそれは今も同じだし、これからもそうだろう。

 ただ、そんな私を叱ってくれて、励ましてくれる友達がいる。

 こんな気持ちを感じる権利は私には無いと思う。

 そんなことはわかっている。

 でも、ちひろには正直でいたい。

 

「私は、本当に幸せだ」


 あれだけ徹夜すると決意したのに、眠気を払うためにお風呂に入ったら完全に気が抜けてしまい、机に突っ伏して寝てしまっていた。

 家に到着したというちひろの電話で飛び起きる。


 お風呂から出た時点で一応の身支度を整えておいたのが唯一の救いだった。


「お、おまたせ!」

「みお、遅いー!」

「ご、ごめんね」

「また部屋に籠もっちゃうのかと思っってドキドキした。まーそうなっても、迎えに行くけどねー」

「な、またそうやって…………でも、ありがとぅ」

 

 どうしても照れてしまい、もしかするとふとした瞬間に泣いてしまうかもしれないと思い、ちひろより少し先に歩いて顔が見られないようにする。

 多分、ちひろもそれに気がついている…………と思う。


 一緒に登校しているのに少し不自然に離れて並んで歩いた。

 

(あ、そうだ!)

 

「あ、あのさ……」

 

 ふと、大事なことを思い出して、忘れないうちにと思い振り返ると、そこには、片手で口を隠し、にやにやしているちひろがいた。

 

(あぁぁあぁぁぁぁぁ。やっぱり照れてるのに気づいてる!)

 

 恥ずかしさからパニック状態になり、声にならない声をあげてあわあわしていたら、ちひろは流石に悪いと思ったのか一呼吸で平静を取り戻し、何食わぬ顔で「みお、どうしたの?」と仕切りなおす。

 

(ここで、私も冷静にならなくちゃ、おかしな感じになっちゃだめだ……)

 

「あ、あのひゃ」

 

 噛んだ。負けるものか。

 

「あ、あのさ、ちょっとお願いがあるんだけど……」

「青井さんのこと?」

「うん。あの、私、青井に謝ろうと思ってるんだけど、みんなの前で話しかける勇気がなくて…………。それで、手紙書いてきたんだけど、どう渡していいか分からなくて…………」

 

 ちひろに話しているだけなのに、口の中は乾き、思うように言葉が出てこない。

 こんなことで本人を前にした時にまともに喋れるのだろうか。

 

「それじゃー私から渡しておくよ? それで大丈夫?」

「うん。ごめんね。変なこと頼んじゃって」

「その位のお手伝い、全然大丈夫だよ。それに、そんなに心配しなくても大丈夫だと思うけど」

 

(…………ん?)


「あ、ありがとう。放課後に話をしようって書いてあから、渡すタイミングはそれまでだったら、いつでも大丈夫だから」

「了解! 預かるね」

「うん。よろしく」

「はーい」

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