白石と合コン


「彼女が欲しい?」


 迫真の表情でオダナガの口から告げられた言葉を反芻すると、オダナガは大きく首を縦に振った。

 

 酔っ払った氷星さんに絡まれたあの日から1週間ほど経った頃。講義のグループワークでたまたま一緒になったオダナガから、相談があるからグループのみんなでファミレスでも行かないかと誘いがあった。

 正直、速攻で断ってさっさと家に帰ろうと思ったが、オダナガの「奢るから」という言葉と、他のグループメンバーからの後押しという名の心の数を抉るような説得により、僕と、オダナガと、他の二人のグループメンバー、白石 透しらいし とおる藤崎 真紀ふじざき まきの4人で近くのファミレスへと足を運んだ。

 そしてオダナガから開口一番に飛び出した言葉は、まあ大学生の悩みとしては良くあるものだった。


「作ればいいんじゃないかな?」


 オダナガの切実な叫びに、同級生の中でいの一番にイケメンとして名の上がる白石がメニュー表を開きながらモテる奴特有の感覚であっけらかんと返す。


「そんな簡単に作れたら苦労しねーんだよこの量産型イケメン!」


「いまいち褒められてるのか貶されてるのか分からない言葉だね……」


 そんな白石を見てオダナガはこの世の不条理を嘆くように机を叩きながら苦し紛れの罵倒を─もはや罵倒になっていないかもしれないが─する。

 まあ白石も悪気はないのだろう。一応、白石とは中高が同じであり、別に親しかったわけでもないが、6年間で2桁以上は白石が告白されてることを目撃したことがある。

 ちなみにいつの間にか白石からは友達認定されていた。正直中高と交友関係が終わっていた僕の中では、確かに白石からは休み時間にちょくちょく話しかけられていたので、そう考えると親しいほうではあるかもしれないが……別に白石はそれ以上の仲の人なんて腐るほどいるだろうに。この友達認定までの軽さが白石が持てる秘訣だったりするだろうか。


「というか何でお前そんなにモテるんだよ? やっぱり顔か? 顔なのか?」


「うーん……オダナガ君はまず女の子に対してがっついて接してるのが良くないんじゃないかな。そんな気持ちを全面に出されるとやっぱり女の子はいい気持ちがしないよ」


「正論で俺の心を削ってくるの辞めてくれよ!」


「これ僕必要なくないか? 白石一人でどうにかなるだろ……藤崎もそう思うだろ?」


 白石の説得力抜群正論パンチでオダナガがダウンしているのを横目に、何故かメニュー表を食い入るように見つめていた藤崎に向けて問いかける。

 藤崎は急に話しかけられたことで肩をビクッと震わせてパッとメニュー表から目を上げた。


「えっ。あっ、そ、そうだね……正直ボクも恋愛とかそういうのよく分からないし……」


「藤崎君は結構モテそうだけどね、小動物系って感じでオダナガ君よりは」

 

「えっ!? そ、そう……? ありがとう……えへへ」


「さらっと俺を刺してくるのやめてくれない?」


 確かに、藤崎は身長も155センチくらいだし、着てる服も男にしては何かふわふわしてるし、手足は細いし色白だしで、そっちの方面で人気はありそうだ。

 一方白石は服装は上は白のTシャツに下はジーンズで髪型も何もセットされていない状態なのに何故だか凄くおしゃれに見える。一方オダナガは日によって髪型をマッシュとかに変えたりしてるし、服装に関してもいろんなジャンルを試してみていて、身だしなみには気をつけているらしいものの、何の手間も加えていない白石に勝てる要素が見当たらない。これではオダナガが世の不条理を叫びたくなるのもわかる気がする。


「かくいう奏多にも一応湯川さんがいるしさぁ……この場でモテてないのまさか俺だけ?」


「だから……湯川とはそういう関係じゃないって言ってるだろ?」


「へぇ、そうなのかい? てっきり付き合っているのかと思ってたよ」


「いやだから──」


「だって毎日昼食を一緒に食べてるし、聞けば最近は君の家にまでちょくちょく行ってるらしいじゃないか」


 白石の痛いところをついてくる言葉に思わず眉を歪める。事実だから否定のしようもない。


「だから湯川からははっきり恋愛感情がないって言われてるんだよ」


「それも昔の話だろうし、今は変わっているかもしれないじゃないか。何か昔と比べて変わったことはないのかい?」


 コイツ本当に痛いところついてくるな。イケメンにレスバ力まで与えちゃダメだろ、何で天はコイツに二物与えたんだ。


「……強いて言えば、ここ最近昔と比べてスキンシップが増えた──というより、だる絡みされることが多くなったけど……別に、仲の良さと恋愛感情の有無は対して関係ないだろ」


「まあ、確かにそうだね。それに……彼女はそこそこハードな人生歩んでるし、そう簡単に彼女のことを推し図ることは出来ないか」


 顎に手を当てながら思案げな顔をしている白石の口から、僕からしてみれば少し違和感のある言葉が飛び出した。


「ハードな人生? あいつが?」


「そうなんじゃないかな。小学生の時は親の転勤で結構頻繁に転校してたみたいだし。それに──」


 そこまで言うと、白石の鞄から携帯の着信音と思われる音が鳴り出した。白石がカバンの中を漁り、けたたましく振動している青色のスマホを取り出す。


「……あー、どうしよっかな。まあ、後で折り返すよ」


「誰からだよ?」


「一昨日告白された女の子」


「す、すごいね……」


「よしぶっ殺そう」

 

 感心した様な声を出して驚きを隠せない様子の藤崎に対して、オダナガは彼女が欲しいと赤裸々に叫んでいる人からすれば喉から手が出るほど羨ましい状況を見せつけられて、般若の形相になりながら殺意を白石へと飛ばす。今にも手を出しそうな勢いだ。


 いつの間にかだいぶ話が逸れてしまったから一旦元に戻そう。そう考えて口を開く。


「……で、結局僕らを呼んだ理由は? 意見は多い方がいいってのは分かるけど、僕は意見を出せるからすら怪しいけどな」


「んーー、実は、合コンをやりたくてさ」


「は? 僕ら4人で?」


「そう、俺ら4人でさ」


 ……何を考えているのだろう、コイツは。どう考えても合コンをやるのに適切なメンバーには思えない。別に合コンなんて参加しようと思えば色々他に方法があると思うのだが。


「いやさ、俺も何回か合コンに行ったことはあるけどな、やっぱりそういう所に来る人って手慣れてるのよ。トークの振り方とかさ、気遣いとかで。そんな人たちと一緒の場に立つと俺としても辛いところがあるわけで」


 オダナガから舞台の演技さながらに唇を噛み締めて絞り出された言葉はクソみたいな言い訳だった。周りの環境にどうこう言う前にひとまず自分に目を向けた方が良いのではないだろうか。


「だから恋愛初心者を連れてきて自分が優位に立とうってことか……でもそれなら白石はどう考えてもダメだろ、注目全部掻っ攫われるぞ」


「まあそのリスクもあるが白石みたいな奴がいないと女の子が来てくれないかもしれないだろ? 言うて合コンなんて基本1対1なんだから大丈夫だって」


「……つまり白石は撒き餌ってことか? 色々と性格悪いな」


「多分その腐った性根を治さないとどうにもならないと思うけどね」


「ぼ、ボクも……そういうのはあんまり良くないと思う」


「ちょっと言葉のナイフが多すぎやしないか? 言葉で人は殺せるんだぞ」


 胸を押さえて顔を苦悶に歪めながらオダナガは苦し紛れの反論を繰り出すが、それ相応の言動をしているのだから仕方あるまい。


「……まあそれで、どうする? 別に全然断ってもいいぞ、他にも一応当てはあるし」


「まあ、面白そうだし参加するよ。大学生なら一回ぐらいやってみたいしね」


「ボクは……えっと、ボクでいいなら……」


「奏多はどうする?」


「遠慮──いや、どうしようか。あーー、一旦保留かな」


 オダナガの誘いを断ろうと言葉を紡いだが、一旦口をつぐんだ。普通に断ろうと思ったが、少しだけ迷いが生じた。別にオダナガみたいに彼女を作りに行くつもりはないが……試しに行くぐらいなら有りかもしれない。

 少しだけ考えてみることにした。


「おけおけ。とりあえず二人は参加だな。というか白石はそもそも今まで彼女いたことないんだよな。誘っておいてなんだし非常に癪だしぶん殴りたくなるほど羨ましいけど、あんなにモテるのに気に入った女の子とかいなかったのか?」


「……何を言っているんだい?」


 オダナガから発せられた自然な疑問を受けて、白石は心の底から不思議そうに首をかしげる。

 まあ、その、アレだ。


「だってもし断らずに付き合っちゃったら──女の子のあんな可愛い表情が見られないじゃないか」


 ……世の中、完璧な人間など中々いないということだろう。



─────


 白石が衝撃の性癖を暴露したことによって、4人の集まりはその後30分ほどで解散となった。……まあ、自分の性癖を満たすためにわざと女の子を堕としたりしてるのではなく、普通に接していて好きになってきた子を普通に断って、普通に(?)興奮しているだけらしいから、セーフ? なのか?

 本当に好きな人ができたら付き合うとは言っていたが、そうなるとアイツはずっと傷ついた表情をしてる人と付き合うってことか……? そんな奴いるのだろうか。


 お開きになった後は、どこに寄ることもなくボクが住んでるおんぼろ……違った、はいおく荘に帰ってきた。

 ドアの前に立ってカバンから鍵を取り出そうとしている間、僕は合コンに行くべきかどうかについて思い悩んでいた。


「どうしようかなぁ……そういう事に挑戦してみるのもありな気はするけど」


「どうしたんだい少年。何か悩み事かい?」


 ドアの前で一人ぶつくさ言っていると、ふと横から聞き慣れた声が飛んで来た。その声は以前のように酔っ払ってふわふわとしている気配はなく、理知的な雰囲気さえ感じられた。

 ……そうか、この人なら相談相手に丁度いいかもしれない。


 視線を横に向けるとそこには、前とは違いしっかりと暖かそうな上着で身を包んだ氷星さんがにこりと笑って立っていた。

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