何故か陰キャの僕が美少女達に激重感情を向けられてるんですが?

@himjin

湯川とソファー

 世間一般が定義するところによると、どうやら僕──日向 奏多ひなた かなたは『陰キャ』という人種に当たるらしい。

 陰キャとは所謂、陰気なキャラクターの略称であり、休み時間中に教室の隅で本を読んでいたような僕は、それに分類されるという。

 一般的に陰キャという言葉に肯定的な意味合いが込められることはなく、蔑称として用いられるのがほとんどだ。

 だが、今回僕が意義を申し立てたいのは僕が陰キャと呼ばれていることではなく。


「何で僕の家にコイツがいるんだよ……」


 大学生になると同時に小さなアパートの一室を借りて一人暮らしをはじめ、僕の家は自分だけの聖域となった。しかしそんな僕の家の中で──引っ越し直後に厳選を重ね、奮発して買ったお気に入りのソファーを一人で陣取った上に──幸せそうな笑顔で惰眠を貪っている湯川有栖クソ野郎が、『陽キャ』と呼ばれるのは、少し納得がいかないのだ。




─────────


 湯川 有栖ゆかわ ありすと知り合ったのは、確か中学1年生の夏の頃だ。

 中学受験を突破して、それなりの中高一貫校へと入学を果たした僕は同じく中学受験を突破した優秀な仲間達と恵まれた環境で青春を謳歌──することはなく、図書室で一人で本を読んでいた。

 今思い返しても、中高を通して僕は学校で本を読んでいる記憶しか基本残っていない。そう考えると、僕が陰キャと呼ばれるのもまあ自然な事ではあるだろう。同じ──どころか、毎日図書室に通っている人さえ僕以外にはいなかったと思うし、正直かなり僕は異常な生徒だった。

 唯一関わりがあるのは図書委員ぐらいだったし、文化祭や体育祭でもずっと裏方の雑用に徹していて人と喋ったかも怪しいレベルだ。


 もはやクラスの中で空気と同じような扱いだった僕と、湯川が接点を持ったのは本当にたまたまの事だ。


 中学校ではありがちな宿題である──読書感想文の締め切りが明日に迫っていたある日。締め切り前日になって重い腰を上げた──というより、無理やり突き出された湯川は図書室へ本を借りにきていた。


 勿論その日も僕は図書室にいて──無論、僕はとっくにそんな宿題など終わらせていたが──湯川の姿を偶然見かけた。

 最初は特に気にすることもなかったのだが、視線をキョロキョロと彷徨わせ、困ったように辺りをうろうろとしているのが目についてしまった。

 読んでいた本を一度置いて、ブラウンヘアーの彼女の方へと視線を向けると彼女の脇には既に本が2冊挟まれていた。その2冊には「上」と「中」の文字が載っているのが見え、そこで彼女の事情を何となく把握した。


 他の読書中の人達の邪魔にならないよう、静かに席を立ち上がって、ずらりと立ち並ぶ本棚を見回す。

 すると、彼女がいた所とはかなり離れた位置の本棚に、彼女が脇に抱えていたものと同じタイトルの本──「下」の文字が載っている──を見つけた。


 要は、上中下を一セットで戻さずにバラバラなとこに戻した奴がいたのだろう。正直図書室を頻繁に利用する側からすると傍迷惑な行為である。対策として本を返すのが面倒な人向けに指定のスペースを作り、そこに戻せば後で勝手に図書委員が正しい位置に戻してくれるというシステムも作ったのだが……

 人間というのは儘ならないもので、それでも尚勝手に出鱈目な位置に本を戻す奴がいるのだ。


 まあ、そんなことは今考えても仕方ないため、大人しく見つけた本を手に持って湯川へ渡しに行った。

 正直、他人とコミュニケーションを取るのは苦手であるが、本を手渡すぐらいなら問題ない。


 ──なんて思っていたのが最大の誤算だった。


 本を手渡した時は、想像よりも驚いた反応をされたが邪険にされるようなことはなく、そして想像よりも感謝された。


 そこまではまだ何とも思わなかったのだが、その後素早く元の席に戻って読書を再開した僕の隣に、当然かのように彼女が座った時には脳がフリーズした。

 

 その時からだ、僕の読書という1人の世界の中での行為が湯川という忌むべき女によって侵され始めたのは。

 

 

────────


 とりあえず、この目の前に鎮座するでかい生ごみをどうにかしなければ。

 ソファーの背もたれにはおそらく無造作に放り出したであろう上着がかかり、彼女が自身でチャームポイントと宣っていた滑らかな髪は無惨に頭の下敷きとなっている。本人は気にしていないみたいだが、──世間一般的には十分高いと言って差し支えない──その胸が作っている深い服の谷は目に毒である。

 そして一番文句を言いたいのは僕が何をしても効果がないほど熟睡していることである。普通人の家でここまでリラックス出来るものなのだろうか、いやそもそも普通勝手に人の家で眠りこけるのはおかしいのだが。


 かくなる上は……


「おら」


「ひゃっ! あっーー!! つっ、冷たいーー!!」


 横向きになって寝ていたため、がら空きになっていた背中へ氷を投入すると、うんともすんとも言わなかった体はびくんと跳ね起きた。


「ようやく起きたか……、人の家で熟睡しやがって」


「ひ、ひどいよ奏多……こんなことするなんて」


「ようやく家に帰って落ち着けると思ったらこんなのが転がってたらこうもするだろ」


「こんなのじゃないですーー」


 足をパタパタさせながら口を尖らせて不平そうに言う。いや、やっぱり見てくれはいいんだよなぁ。あとは性格がもうちょいアレだったらいいんだけど。


「何でここにいるんだ? 理由によっちゃ叩き出す」


「いやー、それがさ。サークルの新入生歓迎会? 的なの行ってたんだけど……、気づいたら終電なくなっちゃってさ。そんでお金もあんまなかったから、近くに君のアパートがあるのを思い出してさ」


「ダウト。そんな終電なくなる時間まで、新入生歓迎会なんてしないし、お前そういう付き合いそんな興味ないタイプだろ。さらに言えば、お前学生にしては過剰な小遣いもらってたよな?」


「い、いやー……。たまたま、今日はそういう気分で、たまたま気づかなくて……」


「たまたま金がなくて、たまたま僕の家の近くだったと?」


「そ、そう! そうなんだよ!」


「……」


「そ、そんなジト目で見ないで……」


 はあ、と一つため息をつく。気づいたら湯川はソファの隅で膝を抱えて丸くなっていて、よく見るとうっすら涙目だ。

 

 湯川は高校生になってすぐ家庭の事情とやらで転校していった。まあ、半ば強制的に連絡先を交換させられた上に、ちょくちょく会いに来たせいで、連絡が途絶えることはなかったが……。

 けれど、大学が同じだった──待ち構えてたかの様に湯川と大学の入学式でバッタリあった時は、心底驚いた。その瞬間から、また付き纏われる羽目になることは確信していたが……流石に女一人で深夜に僕の家に押しかけるとは思わなかった。

 ここで理詰めして追い払えたとしても、どうせこいつはまた来るんだろうなぁ……どうして僕は住んでるアパートの名前を教えてしまったのか。

 どれだけ追い払っても、必ず定期的に図書室にいる僕の所に通い続けたのだから、今更どうにかならないことなど知っている。

 そう言えば、湯川が僕の所にくる頻度は基本週1、2程度だったが……確か2ヶ月間ほど何故か僕のところにくる頻度が毎日になった時期があったな。

 僕がどこか心の底で湯川を追い払うのを諦めたのはあの時だったかもしれない。


「……分かった。いいよ、別に来て」


「ほ、ほんとに……?」


 膝にうずめていた顔を目の部分だけ上げて、こちらの機嫌を伺うように尋ねる湯川の頭に、犬耳を幻視する。


「そんな毎日のように来たりしなきゃ、僕だってもう口うるさく言わないさ。もう諦めたというか、慣れたというか──ん?」


 当然のように湯川がここにいたから気付かなかったけど、そもそもコイツどうやって家の中に入ったんだ?


「お前どうやってあのドアの鍵を突破したんだ? ……もしかしてピ」


「大家さんに言ったら、いいよ〜って」


 ほっ、もし2本の針金を鍵穴に刺していたのだったら僕はコイツを追い出すどころか豚箱にぶち込まなければならなかっただろう。良かっ──

 

 いや何も良くない。ここの防犯意識はどうなっているんだ。見ず知らずの人間を確証もなく勝手に部屋に入れるなんて。

 ……まあ、大家さん40歳ぐらいのおじさんだったし、こんな若くてスタイルのいい美少女に頼まれたら断れないか……湯川リテラシーが低いことこの上ないが。


「……今回だけは許すが、せめて次からは僕に了解を取るか僕がいる時にしてくれ……」


「おけまる!」


 おけまるじゃねえ。


「そう言えば、お前ソファーとかじゃ寝れないって言ってなかったっけ? ついでに、お気に入りのタオルが無いとぐっすり寝れないみたいな……」


「いやー、それがさ! なんかこのソファーすごい落ち着くんだよねー!

何かほわほわするというか、何かに包まれている様な気がして……」


 そう言って今度はうつ伏せでソファーへ寝転び、顔をうずめる湯川。

 同時に僕はある種の感嘆に震えていた。


「そうだろ? 湯川にしては見る目があるじゃ無いか。そのソファは僕が厳選に厳選を重ねた一品でさ。座って本を読んでも、寝転んで本を読んでも快適に過ごせる様に質感から形状まで深く考慮して……湯川、聞いてるか?」


 声をかけても全く反応がない。どうやら寝入ってしまったようだ。正直、人が喋っている最中に寝るのはどうかと思うが、この寝つきの速さもひとえに僕が選んだソファが素晴らしいからだと納得することにした。


「……タオルぐらいかけてやるか」


 適当にタオルケットを引っ張り出して、湯川にかけてやる。


「全く、僕なんかに構って何が楽しいんだか」


 湯川を生粋の陽キャと呼んでいたクラスメイトを見かけたことがある。だが、僕は湯川を陽キャと呼ぶのはやはり違和感を覚えてしまう。クラスの空気同然の生徒の元へ足繁く通い、挙句の果てには大学生になってそいつの家に押しかける奴を陽キャなんて称するのはふさわしく無いだろう。


 そう、ふさわしい名づけをするなら……『拗らせてる女』なんてどうだろう。




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