第15話 出逢い 2 迷子の子猫
「あぁ良かった。シアが倒れてすぐに、こんな良い人達が通りがかってくれるなんて、すごい偶然だなぁ……」
車に乗り精霊が呟く。なんとなくわざとらしい感じがするのは気のせいだろう。
「この子はシアっていうのか。で、一体何があったんだ?」
「あまり人前に出てこない精霊が子供と居て、わざわざ助けを求めるなんてな」
改めて団長が訊ね、フェリクスは精霊が助けを求めた事に驚いている。
事情はこれから聴くけれど、子供と一緒に居たことも気になる。
それくらい精霊とは気まぐれで人と関わらないものなのだ。
「そう、その子はシア。ついでにあたしはルナ。しばらく前にボロボロのシアと山で会って仲良くなって……体を休めながら街を目指してたんだ。シアは……えーっと……」
精霊はルナと名乗り説明を始めたが、シアに近づき心配そうに触れる。
周りからはそう見えたが、実際は演技と説明が難しいし面倒だから、寝たふりをしているシアが助けてくれないかなと起こしにいっただけだ。
「うーん……」
なにかわざとらしい声が聞こえた。
ボロボロドロドロな体を綺麗に拭いてもらっているシアだ。ルナとバトンタッチ。
「あ、気が付いたみたいだよ」
「良かった……待って、まだ綺麗にしてるとこだから起き上がらないでね……」
純粋に心配していたセシリアとリリーナは、起き上がろうとするシアを抑える。
ボロきれは取っ払ってしまって全裸だ。男達に見えないよう大きなタオルを何枚か掛けながら拭いていたため、起き上がったら丸見えである。
ひとまずタオルが落ちないように縛ったり抑えながら体を起こす。
「んぅ……えっと……」
転がってきたダメージが残ってるのか、まだ少しつらそうだが……それも利用しつつ泣きそうなフリをしながら言う。
「ぐすっ……私……街が襲われてっ……皆……お父さんも……死んじゃってっ……」
とりあえずそれっぽく説明する。演技だが事実だ。
気を失っていたはずの子が何故いきなり説明しだしたのかは置いておく。
誰も気にしていないし大丈夫だろう。
しかし――
「お母さんが……護ってくれてっ……逃げられそうだったのに……でも私を庇ってっ……私を抱いて……死んじゃって……」
事実故に。
どうしてか、心の奥にしまった悲しみが――本物の涙と鼻水と一緒に湧いてくる。
思い出してしまったのだ。あの時の恐怖と絶望を、痛みを、目の前で死んだ母を。
ルナと出会い、立ち上がり、心の奥へ押し込めて蓋をしたモノが溢れていく。
「そのあと……気絶してる間に逃がされたけど……山で襲われてっ……それでっ……また皆……」
こんなはずじゃないのに。
予想外な感情に戸惑いながらも続けていく。
見た目は子供でも中身は大人の男であり、感情はどうにか処理出来たつもりだった。
なのに今、見た目通りの幼い少女そのものの様に、悲しみと混乱の中、迷子の様に泣き出してしまった。
これは私なのか――そんな疑問に答える者は居ない。
「ずっと……1人で遭難してて、何回も襲われてっ……死にかけてっ……ルナが助けてくれて、それでっ……」
言っているのは嘘で演技な筈なのに、勝手に震える声で詰まり、鼻をすすり、ポツポツと涙と共に語る。
それは先程までの姿と合わせ、あまりにも悲壮感に溢れていた。
説明とか面倒だなと、シアにバトンタッチしたルナは思わぬ展開に驚いたものの、何やら悟ったような顔をしている。
「――もういいよ、つらかったね……」
見ていられなかったのか、セシリアは丁寧にタオルを重ねながら抱き寄せる。
途端、更に溢れる涙を抑えられず、声を上げて泣く。
どうして私は本当に泣いているのか……もはやそんな事を気にすることも出来ず泣く。
数年振りに感じるルナ以外の――人の温もり。抱きしめられる温かさ、安心感。
本人が思っていた以上に深かった悲しみは、それらを引き金に溢れた。
「頑張ってきたんだね、もう大丈夫だからね……」
リリーナも隣から抱きしめ頭を撫でて、それがまた安心をもたらす。
ルナもシアに抱き着いている。演技だったはずなのに本気で泣いている事が分かってしまったから。
大丈夫そうに見えていただけで、自分だけでは心を癒してやることが出来なかった事を理解したから。
シアからすればこれ以上無い程の救いだったのは確かだが……小さな精霊では、抱きしめる温もりを与えることは出来ない。
痛ましい少女の慟哭は続く。
抱きしめる少女達もつられて涙を流し、男達も酷くつらそうな表情で眺める。
事情を聴くどころじゃなくなってしまったがそんなものは後でいい、と彼女が落ち着くまで待つようだ。
何故精霊は多少のケガを治しただけで、汚れは落としてあげなかったのか、とか。
何故そんな状態で上手い具合に街道で倒れていたのか、とか。
何故目が覚めてすぐに、当たり前のように説明しはじめたのか、とか。
確かに痩せてはいるが、事情に対してやけに健康状態が良くないか、とか。
そんな細かい事は誰も気に留めない。思いもしない。余裕が無い。
それ程に彼女へ憐憫の情を感じた。
彼女達からすれば想定以上に上手く同情を得られているわけだが……最早その事も忘れているだろう。
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