第4話 誰も知らない始まり

 魂が1つ、ふわふわと天に昇っていきました。


 普通に生まれて、不幸はあれど普通に生きて、珍しくもない病に倒れ、その短い25年の人生に幕を閉じたようです。

 早くに親を亡くした上に、自分も若くして病気で死ぬなんて、幸せだったとは言い難い。


 もっと色んな事をしたかった。

 こんなに早く終わるなんて。

 そんな事を思いながら終わった命。

 きっとこんなのはありふれた不幸で、もっとずっと不幸な人だって沢山居て。


 そしてありふれた願い。

 生まれ変わるなら、次は幸せになれるといいなと。


 輪廻の輪へ導かれ、新たな命へ向かう為に……天を目指して儚く揺蕩う魂は。

 しかし――


 突然に、偶然に、瞬く間に、世界から消えてしまいました。




 ところ変わってここは不思議溢れる世界。


 魔法と呼ばれる力を使い、発展を遂げた世界。

 様々な姿をした人達が平和に笑う隣で、終わらない戦いを続ける世界。


 生きる為に力を使い、力を使えば敵が生まれ、戦う為にまた力を使う世界。

 平和と戦いが循環し、均衡し維持される世界。



 ほんの一瞬、ほんの少し、世界が揺れました。

 気付く人は誰一人いません。

 だけど確かに世界は揺らぎ、干渉する筈の無い異なる世界と繋がりました。



 ふらふらと、迷子の魂が1つ。

 死して無垢に返り新たな命へ向かうその輪廻の流れに、紛れ込んだそれは。


 ふよふよと、流されるまま分からぬままに。

 通るべき過程をすっ飛ばし、無垢に返らず汚れたままに。


 ふわふわと、風に舞う綿毛が漂うように。

 とある宿ったばかりの命へ吸い込まれるように。


 まるで迷子の子供が母親を見つけたかのように、飛び込んでいったのでした。




 異なる世界の魂は、生前の意識を引き継いで新たな命へ生まれ変わり、スクスクと成長……しませんでした。


 産声こそ上げたものの、すぐに大人しくなった赤ちゃん。

 出産を終えて安心した母も父も周囲の人達も、ボケっと放心した子を見て困惑します。


 それもそのはず、生まれ変わった【彼】からすれば。

 死んだと思ったら赤ちゃんになっているのだから。


 まともに動く事も喋る事も出来ず。

 聞いた事もない言葉を話している、創作でしか見ないような人達に囲まれているのです。


 ただでさえ意味不明な状況で混乱続き。

 わからないままされるがままな状態で、その子はいったい何を思ったのか。

 あまりお乳を飲みたがらず、オムツを変えようとしても嫌がるばかり。


 引き継がれた記憶が小さな体には負担となってしまったのか、一般的な子の倍以上も長く眠り、時々目覚めても意識は曖昧で。


 大人だってストレスで体調を崩すのだから、生まれたばかりの赤ちゃんにとってそれはもう大変なことです。

 日が経つにつれどんどんと衰弱していきます。


 そんな【彼】の事情なんて分かる筈もない大人達は大慌て。

 赤ちゃんが自力でどうにか出来るわけもなく、必死な大人達のお陰で持ち堪えながら生死の境を彷徨い続けます。



 なんとか精一杯に命を繋いで1年ほど経って。


 人騒がせな赤ちゃんはようやく落ち着き、大人達は安心し、ここから健やかに成長することを願います。


 赤ちゃんはそんな人達をぼんやり眺めながら、はっきりし始めた意識と思考で今更ながらに状況を理解し受け入れました。



 前世の常識なんてきっと無意味な、不思議な世界に生まれ変わったこと。

 混乱のまま眠ってばかりだったこと。


 これは楽しそうな……素晴らしい第2の人生が始まったぞ、と。

 周りに散々心配と迷惑をかけた事など露知らず、呑気な期待を胸に。


 すやすやと、これまた呑気に眠るのでした。

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