第78話 ブローディアの過去

 裏面が上を向いていた。ブローディアはほっと胸を撫でおろしたような顔を見せる。


「……ジュドー、ありがとうよ」

「礼などいらないさ。これで自由の身だ、どこへでも行くがいい。だけどメンバーカードは常に携行するように、それだけは忘れるな」


 ブローディアは黙って頷いた。そのままベッドから起き上がって立ち上がったけど、すぐにしゃがみこんだ。


 どうやらまだ完治していないみたい。ブローディアの旅立ちはしばらく時間がかかりそう。


「では私はこれにて失礼します。傷が完治したら、一応お知らせください」


 ジュドーはそれだけ言って部屋を出ようとした。でも私は気づいてしまったので、出ようとした矢先に彼の腕を掴んだ。


「……さっきのあれ、イカサマでしょ?」

「やはり気づいてましたか」


 聞こえないよう小声で言いうと、ジュドーが右手に持って見せたのは、両方とも裏面になっていた金貨だ。


 正確には二枚の金貨を重ねているだけ。古典的なイカサマだけど、彼の見事な腕で思わず騙されてしまった。


「いいの? 彼女を好きにさせて」

「メンバーカードで彼女の動きはある程度わかりますから。それに、やはりあなたと同行させるのは……」

「わかったわ。私こそ、強引に話を進めちゃってごめんなさい」

「いいんですよ。あなたがブローディアを思う気持ち、わかります」


 ジュドーと一緒に部屋を出てしばらく廊下を歩いた。すると突然立ち止まって、話しかけた。


「彼女がどうして盗賊団に入ったのか、知っていますか?」

「さぁね。そういえばどうして?」

「彼女はオーガ族。オーガ族の里は、この大陸の南東部の大森林の中にあったのですが……」


 それから先の話の内容は、衝撃的なものだった。


 ジュドーが言うには、オーガ族の里は大昔にある事件がきっかけで、滅ぼされてしまったという。彼女は生き残ったオーガ族だ。


 生き残りのオーガ族は里が滅ばされた後は散り散りになった。でも大半のオーガ族は、人間達によって奴隷として飼われているという。


 確かに公爵時代にも、別の貴族の邸宅に訪問した際にオーガ族の奴隷を見た記憶がある。オーガ族は力が強いけど、自分を負かした相手には従う習性がある。それを奴隷商人が悪用しているわけだ。


「彼女は……戦士として、何としても同胞を救いたいのです」


 だから盗賊団に入って、人間達を襲っていたわけね。彼女の気持ちはわかるわ。私も同じ立場なら、絶対そうしている。


 ジュドーはその後も話を続けた。


「奴隷というと、聞こえは悪いかもしれません。しかしほとんどの奴隷となっているオーガ族は、貴族の家で大切に保護されて暮らしています。彼らは故郷がありませんし、それに力も強いので、過酷な労働をさせたら危ないと多くの貴族も理解しています」

「でも、わかっていない貴族もいるんでしょ?」

「ごく一部の不届き者だけですよ。ご安心ください、最近は取り締まりも強化していますから」

「ブローディアは、そもそもオーガ族の独立を目指しているんじゃないの?」

「そんなことになったら、戦争になりますよ。実際には解放されることを望んでいるオーガ族は、意外と少ないんです」

「どうして? だって人間達によって滅ぼされたんでしょ?」


 ジュドーの顔つきが突然変わった。


「……オーガ族の里を襲ったのは、ヴァンパイアですよ」

「なんですって!?」

「先代のロナルド皇帝陛下がヴァンパイアの国と不可侵条約を結ばれたことはご存じですね?」

「それは私でも知ってるわ。それ以降、人間とヴァンパイアとの間で争いも起きなくなって……」

「そしてヴァンパイアは他種族の生き血を好みます。人間が狩れなくなって、代わりの標的とされたのが……」


 なんてこと。先代の皇帝と言えば、ジョージの祖父。お爺さんの努力によって、ヴァンパイアとの間で争いをなくしたのに、そのしわ寄せがオーガ族に行き渡ってしまったなんて。


「ロナルド皇帝を責めることはできませんよ。そうしなければ、この国はヴァンパイアによって支配されていましたから」

「……でも……だからってオーガ族を標的にするなんて」


 全てはヴァンパイアが元凶ね。やるせないったらありゃしない。


「高位な貴族達は、そういった事情を理解しています。しかし亜人、特にオーガ族への偏見が根強くありましたから、奴隷として保護するしかなかったのです」

「……かわいそう」

「気持ちはわかりますが、こればかりは腕力で解決できるような問題ではありませんよ」

「ジョージが皇帝になったら、解決してくれることを期待しましょう」

「はは、そうですね……」


 苦笑いしながら答えてくれた。もしかしたら、荷が重すぎるかも。


「それよりブローディアは、これからどうするのかな?」

「わかりません。彼女のことですから、顔があまり知られていない地域に行く可能性もあります」

「となると……国外?」


 ジュドーは黙って頷いた。


「……もう会えないかもね。残念だわ、あんな強い戦士、滅多にいないのに」

「そうとも言えませんよ」


 ジュドーは笑いながら、答えた。


「どういうこと?」

「プライドが高い女性です。あなたとのリベンジに燃えているんですよ」

「……なるほど」


 そういうことか。それなら歓迎よ。ブローディア、私はいつだって待ってあげるわ。

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