第76話 ブローディアの謝意

 ジュドーが文章が書かれた紙面を、ブローディアに見せつけた。まじまじと見つめ、次第に目を丸くした。


「嬉しい知らせだぞ。晴れて自由の身だ」

「こ、こんな……本当に……」

「お前のこの度の功績を称えてのことだ。リチャード卿が直接働きかけてくれてな」

「リチャード卿が……まさかあの……」

「そう。炎獅子ルノーを倒し、マチルダ・グノーシス救出に最も貢献してくれた。その功績にな」


 ブローディアはしばらく口を開けたまま、何も言わなかった。


「もちろんリチャード卿だけの権力行使では、厳しいものがある。実はもう一人、ある上流貴族からの要請もあってね。そのおかげで実現できた」

「その上流貴族ってのは?」

「すまないが、名前の公開は控えさせてもらう」


 ジュドーは明言を避けた。でもこんな言い方じゃ気になるわ。


「私の元婚約者」


 私はブローディアの耳にぼそっと呟いた。


「……元婚約者?」

「背が高くてイケメンで、気品に満ち溢れている素晴らしい男。言えるのはそれくらい……」


 ウィンディが苦笑いしている。耳がいいから聞こえてるのね。


「……一度会ってみたいな」


 正確にはもう何度か会ってるんだけどね。だけどそれは言えなった。


「誤解のないように言っておくが、今回の釈放で今までの罪が全て消えるわけではない」

「知ってるさ。あたしが盗賊団時代に働いた悪行は数知れないからね、補償だって馬鹿にならないだろ」

「確かにそうだが……実はそれもほぼ片がつきそうだ」

「どういうことだ?」


 ジュドーが手に持っていた鞄をベッドの上に置いた。そして鞄を開けて、ベッドの上に中に入っていた大量の宝石類をばらまいた。


「……これはまさか!?」

「盗賊団“獅子奮迅”の遺産さ。ルノーが死んで実質壊滅したから、そのアジトを物色したら案の定、それまで盗んだ大量のお宝が保管されていてね」

「あとあなたが率いていた盗賊団“ブラック・スティーラーズ”の分もね」

「二つの巨大な盗賊団が壊滅したから、盗まれた財宝は国庫に寄与される。それまでに生じた損害賠償や補償もそれで補えそうなんだ。これでもほんの一部だぞ」

「……はは、全く……抜け目ないね」


 ブローディアがかわいた笑い声を出した。


「ブローディア、これからは自由の身だが、もし今後悪事を働き捕まったら再犯として重罪となる。そうなれば禁固100年どころじゃすまなくなるぞ」

「あたしにそんな脅しなんか通じないよ」

「……脅しなどではない。これを見ろ」


 今度はジュドーが左手に何やら長方形のプレートを持って差し出した。


 見覚えのあるプレートだ、これってギルドのメンバーカードじゃない。


「ブローディアのメンバーカード!? あなたも作ってたの!?」

「……だいぶ昔にな。なくしていたが、再発行したのか?」

「そうだ。そして我々がもう一工夫加えた。通常のメンバーカードとは違う」


 ジュドーの言っている通りだ。ブローディアのメンバーカードは私達のと違い、青紫色になっている。


 通常メンバーカードの色分けは、その冒険者のランクによって違う。最高のSランクなら金色、Aランクなら銀、Bランクなら青、Cランクなら緑、Dランクなら茶色となる。


 でもブローディアのメンバーカードはどれにも該当しない。青紫色はかなり特異だ。見たらすぐに目につく。


「青紫色はギルド統一協会で定められた前科者識別用の色だ」

「前科者……識別用?」

「文字通り犯罪歴があるかどうかを識別させるための色ですよ。重要犯罪人限定になりますが、これによってギルドの共通名簿に登録され、世界中のどのギルドに行ってもすぐにわかります」

「そんな……」

「ちょっと待って! そんなのあんまりよ!」


 ジュドーの説明を聞いて、ウィンディも大声を出した。気持ちはすごくわかる。


「お二方のお気持ちはわかりますよ。しかしブローディアの積み重ねた罪の多さからしたら、これでも軽い方なんです」

「だからって、これじゃ半ば監視されているようなものじゃない。せっかく自由の身になったのに」

「……はは、別にいいさ」

「ブローディア……」

「まぁ、世の中甘くないってことだね」


 半ば諦めたような口調で言った。でも本心は絶対逆と思うわ。


「安心したまえ。十年でカードの効果は切れ、普通のメンバーカードに戻るさ」

「十年も待ってられないね」

「捨てたって無意味だ。故意に破棄した場合は、さらに重罪となるからな」

「わかったよ。受け取ったらいいんだろ!?」


 やけくそな感じに見えるけど、ちゃんと律儀にメンバーカードは受け取るのね。私だったら拒否しそうだけど。


「私の精霊魔法の効果が適用されたっていう説明じゃ駄目だったの?」

「駄目でしたね。精霊が受け入れたという内容はあまりに主観的すぎまして。恐らく同じエルフがいたら違ったのでしょうけど」

「ここは人間社会だ。エルフの価値観は通用しないのさ」

「……ごめんなさい。役に立てなくて」

「いいって、あたしの方こそ迷惑かけたな」

「え? 今なんて?」

「迷惑かけたって言ったんだよ。いろいろ、すまなかった……そして、ありがとう」


 なんてことなの。あのブローディアが素直に謝って、お礼まで言った。


 やっぱりウィンディの言った通りだわ。以前のような悪党の面影がなくなってる。本当に普通のオーガ族の女性じゃない。


「あなたからそんな言葉が出るだなんて、ちょっと見直したわ」

「よせ。礼を言っただけで、そんなに褒めるな」

「それより、これからどうするか、もう決めてるの?」

「……何も決めていないな。なんでそんなこと聞く?」

「いや、特にやりたいこととかないんだったらさ……その」


 私はウィンディの顔を見た。もしかして私の意図がわかったかも。


「……もしかしてあなた」

「なんだ? はっきり言え!」

「じゃあ単刀直入に言うわ。私達とパーティーを組まない?」

「……え!?」

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