第100話 大手ギルドを追放された毒使いは…

 ――魔珠が起動して、が始まる。


「それでは、インタビューを始めさせていただきます」


 女性の声がしたそこは、カキョムから少し離れた山の中。

 ぽつんとそびえ立つその館には質素ながらも美しい調度品の備わった部屋があり、広い庭も良く手入れされ、しかし使用人らしき存在は居ない。


「この度は、我々ヒポポ出版の取材に応じていただきありがとうございます。それでは早速なのですが……貴方は何故、配信者になったのですか?」

「……最初は、本当に偶然だったんですよ。所属してたギルドから追……いや、抜けることになって、その日に相棒と出会ったんです」

「その日に、ですか」


 ――始まりは、ただの偶然だった。


「はい、本当に……今思い出しても運命のイタズラとしか思えませんね。それで、彼女の誘いで配信を始めたんですけど……それがものすごくウケたんです」

「伝説の第一回配信ですね……その時に、配信の面白さを知ったと?」

「いえ、始めは意味が分かりませんでしたよ。ただ死体が映っただけの……ただの事故です。でもそれが何故かウケて、恐れられて……でも、次は違いました」

「次というと、野盗を撃退した……」

「はい。あれは……戦いの喜びがありましたね。悪い奴を撃退して、それが認められて……今思えば、何もかも無くした気分から立ち直りかけて……英雄になりたかったんでしょうね」

「英雄、ですか。しかし実際貴方は、その通りの地位を手に入れたのでは?」

「いえ、結局自分は英雄じゃありませんよ、現にこうして今は、配信から遠ざかってます」

「――ポイズンマスターとして、また冒険者に戻ると?」

「そうですね、それが……今の自分です」

「そうですか。それでは次に……」


 ――そして今、たどり着いたのは、あまりにも静かな生活。


 ヴェノムはガンビットの妻・メーアスブルクのアドバイスのもとカキョムの近くの山に居を構え、たまに知り合いを招いては研究に没頭する日々を送っていた。


「ヴェノムさん、インタビューの人帰りました?」

「あー、なんかつまらなそうにしてたよ」

「何だ、失礼な奴だな」

「マスコミなんてそんなもんですよ、スカーレットさん」

「まあな」


 スカーレットもたまに顔を出しては、互いに近況を聞いていく。

 騎士団駐屯所所長であるサクラの右腕として大きくなったカキョムの治安維持に勤しんでいるようだったが、部下が弱くて頼りない、とよく愚痴っていた。


「最近、ガンビットの奴元気してるか?」

「巨大狼に乗って帝都に向かうのを見るな。また近々会議を行うとかで……ああそうそう、『勧善懲悪ノブレス・オブリージュ』が配信で言ってたが、『隣の大陸からの侵略対策』とか言うのを話し合うらしい。

 例のサキュバスのダンジョンを皮切りに、大陸間をダンジョンごと転移する手段を向こうが知ってしまったからな」

「……何だろう、凄く嫌な予感がする」

「ヴェノムさん、多分声かけられますね。ガンビットさんから直々に」

「言うなよ、もう察してるけど!」

「ふん、お主はそれで良かろう」


 口を挟んだヴェノムの師匠、エイルアースは、まだ気ままな一人旅を続けている。


「まだ若いのに隠居しても枯れるだけじゃよ。今は外に出て世界を味わえ、ヴェノム」

「……ですかね」

「そうだぞヴェノム、この家も最初は面白かったが飽きてきた」


 そこへ口を挟んだのは、マサラだった。


「飽きたらサキュバスのダンジョンで遊んでこいよ、あそこは俺たちの持ち物だし、忍び込む奴は好きにして良いんだからさ」

「お主らの財宝狙いに誰かが来ても、あのサキュバスどもが先に分けてしまうではないか。おこぼれはつまらん」

「じゃあ向こうで待てば良いだろ」

「待つのが面倒くさい」

「はあ……」


 ため息をつくヴェノムのもとに、とことこと九尾の尾を持つ女子がやってくる。


「エイルアース殿、その……前に言われた植物を育ててみた。よかったら……」

「おお、見に行こう。植物の世話はどうじゃ、楽しいか?」

「――ああ、とても」


 その返事代わりに頭を撫でて、エイルアースとコクリは部屋から去る。


「誰しも、生きてりゃ変わってくもんなんだな」

「ですね……」

「……おっと。では私も失礼しようかな。ところでマサラ殿、庭で一つ手合わせ願えないか? ウチの連中では手応えがなくてな、物足りないんだ」

「面白そうだな、行こう行こう」


 そうして部屋にはヴェノムとコロラドだけが残されて、互いに小さなテーブルを挟み、紅茶を口にする。


「……あのさ、コロラド」

「はい?」

「あんまり今まで口にしてなかったけど……その、さ」

「?」


いつもと違って歯切れの悪い言い回しに、コロラドが首を傾げる。


「お前のお陰でここまで来れたよ。本当に……ありがとう。それで、コレ……」


 椅子の裏から包みを出して、それを剥がして、ヴェノムが言った。


「これって……」


 包みから出てきたのは、指輪の入った箱。もちろん続く言葉は、


「――結婚、してくれませんか」

「っ――!!」


 だった。

 そしてわずかに開いた部屋の扉の隙間から、エイルアース達が覗いている。


「もう少しがばっ、と行けバカ弟子!」

「……へ、返事が無いぞ、これからどうなると思う!?」


 小声ながらも慌てた様子で、スカーレットが叫ぶ。


「いやそれは言うまでもないじゃろ」

「流石にそれは妾でもわかるぞ」

「けっ、こん……? どんな行為だ?」

「何だ、サキュバスは結婚も知らないのか? 教えてやる、結婚と言うのは……」


 ――スコン、と音がして、投げ矢が扉の脇に刺さった。


「ちっ」


 パタン、と扉が閉まって、


「やれやれ、本当にもう……」


 赤い顔をしたヴェノムがコロラドに視線を戻した瞬間、その唇に温かいものが触れた。わずかに糸を引いて離れ、真っ赤な顔のコロラドが涙目でヴェノムと見つめ合う。


「よろしく……お願いします……! ずっと、一緒に……!」

「……ああ、よろしくな、コロラド」


 ――かくして、物語はここでおしまい。


 まだまだ世界はどうとでも移り変わるけれど、この先の未来に何があろうと、彼らの未来はこの言葉に収束する。


「それで、ヴェノムさん」

「ん?」

「子ども、どれくらいほしいですか?」


 ――愛しあう彼らは、それからも幸せに暮らしましたとさ。


 めでたしめでたし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大手ギルドを追放された毒使い(ポイズンマスター)、ケモミミ奴隷? と配信者になって成り上がる ほひほひ人形 @syouyuwars

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ