第90話 スニーキングミッション
「ふぅ……」
誰もいない洞窟の牢屋の中で、床にあぐらをかいて腕を組み、ヴェノムは周りを見渡していた。
(ミドリゴケにヒカリゴケくらい……か。まぁ期待は無理かな……)
使える植物は数少ないが、毒使いとしては最低限使える植物を把握し、ポーチの中に入れておいた薬品とで何が作れるかを大体把握しておく。
(あいつら無事かな……まぁ全員、いつ無事じゃなくなるか知れたもんじゃないが)
計画はしていたとはいえ見切り発車。
あの化け物から逃げる時間をどうにか稼ぎ、さしあたり無事に安全地帯までは来られたものの、早速ヴェノムの嗅覚を甘い匂いがくすぐる。
(うっ……)
牢屋の向こう、開け放たれた鉄扉の向こうから、チラチラと見知らぬ悪魔がこっちを
(来るなよ……頼むから来るなよ……)
あのマーラとかいう明らかに他を指揮していた悪魔を倒した以上、『格付け』は済んでいるはずだった。
しかしそこは悪魔なので、もちろん『つまみ食い』誘惑に負ける悪魔がいてもまるでおかしくはない。
「ふへへ……あっ」
しかし小さく声を漏らした悪魔は、怯えるように逃げてしまった。
そして入れ替わるように白黒の毛色が混ざった猫の悪魔が現れ、しっしっ、とさっきの悪魔を追いやり、鉄扉を閉める。
「……はー、散々でしたよもう」
「コロラドか……半々だからどっちだか分からなかったわ」
「
「ダメです。貴女演技がヘタすぎるんですよ」
「えっ、やっぱりそんなダメ?」
あの森であの悪魔……コクリに寝返ったフリをした段階でだいぶ怪しかったが、コロラドの目から見てもギリギリだったらしい。
「めっちゃ危なかったです。見かねて私が代わりました」
「うるさい。長年あの森で好き勝手やって来たせいで、へこへこするのに慣れておらぬのだ、悪いか」
ヴェノムから見れば全て独り言なのはどうにも慣れないが、分離して見られでもしたら絶望どころではないので仕方が無い。
「……でも、そんな貴女が怯えるんですもんね、あの悪魔、コクリに……」
「言うたであろ……あれは別格だと」
「あ……ごめんなさい、別に貴女を責める意味じゃなくて、」
「うるさい、分かっておる。敵を知らねば戦えぬ……そう言いたいのであろ」
敵。
あの悪魔をそう言ったマサラの足は、わずかに震えていた。
ある程度話は聞いていたが、かつてマサラがコクリにどんな扱いを受けていたのか……それは、あの歓迎会を味わったコロラドにしてみれば、嫌な想像がついてしまった。
「しかしそれもここまでよ。妾が直に頭を下げたコクリはまだわかるが、その手下まであれだけ調子に乗るのは許せん!
ヴェノム、コロラド、まずはあいつらをぎゃふんと言わせて跪づかせ、足に自分から舌を這わせて媚を売り、『マサラ様こそが至高の存在でございます』と囀らせる方法を考えるぞ!」
そう宣言する悪魔の服は汚れ、目の下に涙の跡が残り、足の震えは止まらない。けれどヴェノムは笑みを浮かべて、
「……ああ、そうだな」
そう、誓った。
――そしてしばらくして、ダンジョンの一角を2体の悪魔が歩いていた。
「ふーっ、飲んだ飲んだ……コクリ様もご満悦でお休みだし、ようやく気兼ねなく歩けるぜ。いつ頭下げなきゃいけないかわからない廊下なんて面倒だからな」
「あの酒、本当に美味しかったデス」
「数百年寝かせた酒だからな、さっさと飲まねぇと飲み尽くされちまう……そういやヴィルデフラウは?」
「研究デス」
「ふーん」
頭の後ろで手を組むトラソルテオトルと、白いぬいぐるみ・ゴモちゃんを熊の形にして自分を背負わせるソドムは、心地良い余韻に浸りながら自室を目指していた。
「……でさ、アレ、どうする?」
「新入りデスか。マーラを殺したこと、反省させたいデスか?」
「うーん、それは正直そそられるけど、なんかオレが弱いあいつに執着してるみたいに見られそうなのはヤダな」
「私もデス。と言って、こき使えないのも勿体ないデス」
「……手下に嫐らせるか?」
「それこそ勿体ないデス。ていうか、抜け駆けは許され無いデス」
「だーよなあ」
楽器は良い音を出すから良い楽器なのであって、壊してしまえば二度と同じ音を出さない。コクリに従う悪魔たる彼女らは、そのさじ加減を間違えれば同じ、あるいはそれ以上に嫐られかねない。
「……あ、そうだ。ついでになんて言ったっけあの……べ、ベノム? とかいうオス! アイツなら何しても良くね?」
「お、妙案デス。最近は配信のネタも無かったし、コラボするデス?」
「いーねー。どうしよっかな、オレの手下と戦わせるか、逆に並べてペット扱いか……でもあの薬も使いたいしなあ」
「オークと連戦させて、その後ゴモちゃんと遊ばせたいデス」
「お、それ採よ……ってあー! ちょっと待てソド!」
「? どうかしたデス?」
「ヴィルデフラウの奴、もしかして抜け駆けしようとしてねぇか!? コクリ様が寝所に行ったから、今なら邪魔が入らねえ!」
「あ、そっか! やっべえデス!」
閃き、二体の悪魔が駆け出したのはヴィルデフラウが住居にしている部屋。
気配と嗅覚だけで中にいるのを察したトラソルテオトルは、
「抜け駆けは許さねーぞオラァ!」
元気よく扉を蹴破り、中にいるはずの仲間に声をかけた。
「……あれ?」
研究が趣味のヴィルデフラウの部屋はまるで研究所のようで、広いはずの部屋の中は怪しいビンに詰められたあらゆる『素材』や『実験材料』が所狭しと並んでいる。
――が、ヴィルデフラウだけがいない。
「なんだよー、こりゃやられたか?」
ポリポリと頭を掻きながら、トラソルテオトルは振り返り、ソドムに声をかけた。
「……おかしいデス」
「は?」
しかしそのソドムは、神妙な顔で呟く。
「何で……ヴィルデの手下までどこにも居ないデスか?」
「……んぇ?」
誰もいない、がらんとした廊下。
慌てて来たせいで気づかなかったが、確かにここまで暴れて誰も反応しないのは、いくらなんでもおかしい。
――その時初めて、2体の悪魔はその異常を察したのだった。
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