第88話 悪魔の過去と闇の中の未来


 エイルアース達がヴェノムの家で話し合っていたころ、カキョムの南、ダンジョンの奥地。


「あーははは、愉快、愉快! ほれトラソルテオトル、飲め飲め♡」

「ごぼぼぼ……あの、コクリしゃま……」

「どうした? あれの蔵に数百年寝かせた酒であるぞ。美味であろ?」

「げほっ……それはそうなのですが、その、このうたげは何の……?」

「決まっておる♪ マーラの別れの会にして、新入りの歓迎会♪ そして何より、疲れ果てたあれいやもよおしじゃ♡」

「は、はあ……」


 好きなだけ暴れ回ったコクリは、部下を集めて酒宴を開いていた。

 レンガの壁には松明がかかり、香が焚かれて桃色の煙が漂うその場所は耐性が無ければ数秒で死ぬまで発情する危険地帯だが、彼女らにしてみれば晴れた朝の高原よりさわややかな、最高の食事処しょくじどころ

 大理石のテーブルには森の動物たちを焼き殺した肉が並び、コクリが直々じきじきに持ってきたという酒樽さかだるはまだまだ山となって部屋の隅に積まれていた。


「本当に美味しいです、コクリ様! ボクこんなお酒、初めて飲みました~!」

「美味しいデス! ほらゴモちゃんも飲むデス、ぐびぐび」


 上座に座るコクリとその尾に捕まったトラソルテオトルから離れて、席に座ったまま二体の悪魔が美酒を味わう。

 白衣を脱ぎ、白いドレスに片眼鏡モノクルへと着替えた悪魔、ヴィルデフラウと、猫のぬいぐるみに酒を飲ませるゴスロリドレスの悪魔、ソドムだった。


「ぬふふ、言い飲みっぷりじゃ! して……」


 玉座のコクリの目が、『最後の悪魔』に向く。


「……お主も楽しんでおるかの? マサラ」

「はい、とても」


 オークのステーキをナイフで切りながら、行儀よく口にするマサラ。

 その服は黒と白の入り混じるドレスで、その表情にはこびも喜びもない。


「……ねえ、マサラ、だっけ?」

「はい」


声をかけたのは、ヴィルデフラウだった。


「キミさ、コクリ様の知り合いって聞いてるけど、どういうことなの?」

「……」

「……ちょっと、黙ってないで何か言いなよ」


 するとそれを見ていたコクリがトラソルテオトルを開放してひじをつき、言った。


「クク……言えぬか? マサラ」

「いえ。わら……わたしは昔、コクリ様の下僕として生きながらえさせていただいておりました。幼いころからの魔界での恩、忘れてはおりません」

「ふっ、そうよのう……♪ お主遊んだわらべのころが、いまだに懐かしい……あの頃は幼かった」


 そのやり取りを見た残り三体の悪魔の酔った脳に、悪魔としての本能が告げる。


 ――こいつは、『格下』なのだと。


「……なあマサラ。お前、『封印される前のコクリ様』と知り合いなのか?」

「はい。魔界の要石かなめいしに封じられた時……私はすでに、こちらの大陸の森に封じられておりました」

「なんだ、お前も封印されたのか?」

「はい、しかし、コクリ様とは違い、私はこちらの民に封じられた存在……コクリ様のような、直々に封印される存在には遠く及びません」

「ふーん」

「あの時は寂しかったぞ、マサラ……しかしあれの手元から逃げ出してどこへ行ったかと思えば、まさかこのような僻地へきちで封じられ、挙句の果てに薄汚いうすぎたない猫にとりついておるとは……ふふ、お主らしい生きざまじゃな♪」

「……何と言われようと、仰る通りでございます」


 そのやり取りで、残りの悪魔全員が確信した。


 ――やはりこいつは『格下』で、自分たちはそれより上に立っている、と。

 そう確信してしまえば、彼女らの行動は早かった。


「今日からこいつが仲間になるんですか? コクリ様」

「その通り♪ 昔から便利な奴ゆえ、好きに使うが良い♪」

「でも取り合いになっちゃいそうデス、コクリ様」

「日替わりでよかろう。もちろん、吾は最優先であるがな♪」

「へー。これからよろしくな、マサラ。俺はトラソルテオトル。仲良くしようぜ?」


 そう言って、傍らに来たトラソルテオトルは無言で肉を皿から奪う。


「ボクはヴィルデウラウ。仲良くしようね」


 そう言って、正面に立ったヴィルデフラウはグラスの中のワインを頭からかける。


「私、ソドム……そしてこっちはゴモちゃん。仲良くするデス」


 猫のぬいぐるみがソースを吐きかけて、が終わった。

 そしてうつむいたマサラは、ナイフとフォークを握りしめて涙を流す。


「うぐっ、うう……」

「あーあ泣いちゃった。やりすぎだぞソドム」

「それはヴィルデも同じだし、最初にやったのはトラソルなのデス」

「これこれやめよやめよ。おおそうじゃマサラ、お主のせいで抜けたマーラの部下どもと施設は好きにするが良い。誰ぞに案内させるか?」

「けっこう、です……ぐすっ……裏切り者の私を、よろしく、お願いします……」


 そうして席を立ち、とぼとぼと部屋を去るマサラ。

 廊下でも『やだ、何あれ』『マーラ様を殺した新人ですって』『あんなのに使われる子達がかわいそー』『しょせん雑魚の後釜なんて雑魚よ』


 などと散々にバカにされ、ふらふらと進み、さらに廊下の奥、マーラが所有していた場所に着いた。そして背後の扉が閉まり、


「……っ、コロラド! ここまでやることはないのではないか!?」

「仕方ないでしょ、誰かさんが見切り発車するんですから! 本当はもっとタイミングを選んで……」

「仕方なかろう、それにあの力を見て賛成したのはお主も同じであろうが!」

「う……まあ……」


 と、


「とにかく今は手が足りぬ、ヴェノムのところに行くぞ!」

「分かってますってば!」


 ころころと人格を入れ替えて、彼女たちは叫ぶ。

 としては、バレていないだけでも大成功だった。

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