第59話 キミと戦う祭の日

 祭の日は、よく晴れた朝だった。


「うお、凄いな」


 ホテルから見下ろす大通りの両端は、既にあらゆる種族の民が埋め尽くしている。

 その中にぽつぽつと屋台があり、旗の立つ店は開く先から客が満ちていった。


「凄まじいですね……あれ? でも道の真ん中を歩いてる方もいますね」

「あれが配信者らしいよ。昨日来た紙に書いてある。まぁ配信予定組んでも道が混んでて時間切れです、じゃマズいからな」

「へーっ、配信者っていっぱいいるんですね!」

「そりゃあ大陸中から集めてるわけだからな……俺たちも出かけようか」

「その方が良いな。あの闘技場、チャンピオンバースだったか? この混み具合じゃまともに進めないぞ」

「ですね、行きましょう」

「武器とかの手入れは良いか?」

「バッチリです! むしろヴェノムさんこそアイテムを忘れたり落としたりしちゃダメですよ」

「一度も忘れたことねぇよ」


 かくしてホテルをチェックアウトしたヴェノム達は、チャンピオンバースに繋がる大通りに出た。

 先程の混雑よりはマシだったが、それでも血気盛んな連中が闘技場に繋がる坂を歩き、道端には武器屋や道具屋の屋台が並んでいる。


「なあ、今日何のチケットにした?」

「そりゃあ四回戦目の『爆薬ボンバーズ』vs『ロケットメカニカル』だよ!」

「当たったのかよ、良いなあ! 俺、二回戦目の集団模擬戦だよ……」

「本日の勝者クジ、買わないかい? 一回でも当てたら1.5倍だよ〜」

「ポーションジュースいかがっすか〜」


 あらゆる声が交差して、目の前で飛ぶように商品が売れていく。


「武器屋か……久しぶりに見たな。この鉄の香り、少し懐かしいよ」

「スカーレットさんって、武器屋に行かないんですか?」

「私の剣はマジックアイテムだからな。いつもサクラ所長に見てもらってる。武器を増やしたり買い替えたりする必要も無いし、すごく楽だぞ」

「私も杖無しの炎使いですからねぇ。でもヴェノムさんは武器欲しいって言ってませんでした?」

「あー、毒使いだしな……投げ矢ダーツ以外になにか無いかなってずっと思ってるけど、結局投げ矢以外を持つ気にならなくてな」

「あー、なまじ便利だとそうなりますよね」

「ガントレットもなんかイマイチなんだよな。射程は伸びてもやっぱ重いし、馬車では楽だったんだが」

「じゃあそこのナイフとかどうです?」

「ナイフ?」

「いらっしゃーい」


 近くの屋台にいたのは、上半身裸でスキンヘッド、タトゥーとピアスをこれでもかと施した男だった。

 屋台には枝分かれした木のようなデザインのナイフがズラリと並んでいて、確かに傍目には格好良いと言えなくもない。


「……よくこんなもんを作れたな。俺にコレを使えと?」

「格好良いじゃないですか」

「どこで何をどう切るんだコレは」

「あ、コレはねぇ、ここがトマトのヘタを取る部分、ここが肉切り包丁で、草刈りはここね。んで柄の部分を回すとコルク抜きになるの」

「どんなナイフなんだよ、もはやナイフですら無いだろ」

「あ、小さい子用にカバーもあるよ。ちゃんと保管する時は箱に鍵かけて、手の届かないところに置いてね」

「もしかしてアンタ良い人か?」

「お兄さん、人とナイフは見かけで判断しちゃダメだよ〜?」

「それはもう少し見かけで判断つくやつが言ってくれ」


 そしてさらに坂を登ると、今度は投げ矢の屋台があった。『配信者歓迎! 満点でポーション1個無料!』と書かれている。


「悪くないな」

「やってみますか?」

「もちろん。最近投げてないしな」

「あっ、ヴェノムさんだ!」

「えっ、ヴェノム?」


 屋台にいた子供たちがきゃいきゃいと集まるが、それを見た保護者達が慌てて引き離していく。


「も、申し訳ありません!」

「いえ、別に……」

「悪いことするとヴェノムさんに溶かされちゃうからね!」

「ん?」

「そうだぞ、悪いやつのところにはヴェノムさんが来るんだ。それで草原の悪い奴らはみんなヴェノムさんが溶かしたんだぞ」

「ぼく悪くねーし!」

「俺の扱いどうなってんだよ」


 言いつつ、屋台の主人が恐る恐るダーツの矢を差し出す。オモチャめいた木のそれはバランスも不安定な粗悪品だったが、ヴェノムはまあ屋台ならこんなもんか、と諦めた。


「で、満点ってのは?」

「あの的の外側の黒い輪が1点、白いところが3点、赤い丸が5点です。砂時計が落ちる前に5本投げてください」

「ふーん」


 納得したようにそう言うと、ヴェノムはちらりとコロラドとスカーレットを見てから頷いた。


「じゃやってみるか」

「おお! ありがとうございます! それではどうぞ。そのラインより後ろから好きな的を……」

「ん」


 コココン、と軽い音がして、並ぶ的の右端、左端、屋台の店主の後ろの的に投げ矢が刺さった。


「狙っ……て……」

「うおおすげー! カッコいいー!」

「マジで? どうやったの今!」

「パパ、僕もダーツやるー!」


 盛り上がる店先で、残りの矢はあと二本。


「ラインの後ろならどこからでも良いんだよな?」

「は、はい……」

「よーし」


 腕を3回回し、ヴェノムが通りの真ん中に立つ。騒ぎを聞きつけたギャラリーが半円を作って、ヴェノムが矢を投げ、的のど真ん中に当たった。


「おおすげー!」

「でももう時間が無いぞ?」


 最後の一投に、緊迫した時間が流れる。

 砂時計が残りわずかとなり、振りかぶったヴェノムが矢を投げようとした瞬間、


「ぎゃっ!」

「ぐぇっ!」


 何者かが、群衆から跳ね上がった。

 そして踊るように回転したヴェノムが何かを弾いて、的に当たる音が二つ。


「なっ」


 素早くポーチからしびれ薬を塗ったダーツを投げ、現れた『その男』の額に指すと、


「あばばば……」


 男は一瞬で倒れ、金属音とともにナイフを落とした。


「えっ、今の……」

「あっ何だコイツ、武器持ってやがるぞ!」

「縛れ! ロープは無いか!?」

「ヴェノム、大丈夫だ、もういない!」

「こっちもOKです!」

「暗殺者だ、ヴェノムさんが暗殺者を返り討ちにしたぞ!」

「晒せ晒せ!」

「誰か警備兵を呼んでくれ!」


 そして大騒ぎになる中、ヴェノムは屋台の店主に言った。


「あれ、満点で良いか?」

「ひ、ひぇっ!?」


 玩具の矢の中に混ざって刺さるのは、ヴェノムが弾いた暗殺者の投げ矢。

 毒液の滴るそれを見て店主は怯えながら、


「ま、満点です……」

「そうだよな。じゃあ……」

「で、でしたらこれを!」


 そう言うと店主はエプロンから平たい箱を取り出して、広げてみせた。


「これ……」

「わ、私の最高傑作です! どうか持って行ってください!」


 中にあるのは、一目で出来栄えのわかる金属の投げ矢だった。


「いいの?」

「危うく、お客様の中から死人を出すところでしたから……本当に、ありがとうございました」

「……いやこちらこそありがとう。使わせてもらうよ」

「で、できればその時はウチの工房の宣伝もお願いします……」

「ちゃっかりしてんね」


 かくして暗殺者達が回収されていく中、ヴェノム達は姿を消して、ついに決闘場――チャンピオンバースに到着する。


「あ、ヴェノムさん、おはようございます!」


 そしてそこには、友達のような顔をして、敵がただ、笑顔を見せて立っていた。

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