大手ギルドを追放された毒使い(ポイズンマスター)、ケモミミ奴隷? と配信者になって成り上がる

ほひほひ人形

第1章 追放された毒使い

第1話 彼にとって最も理不尽な追放

「貴方を追放します、ヴェノム・ヴェネーさん」


 王都カキョムの中央・『綺羅星きらぼしつどてい』の看板がかかる大きな酒場兼冒険者ギルド本部の、受付カウンター前。


「ふざけんな! 何で俺が追放されなきゃならんのだ!」


 広い酒場の片隅で響いたその声に、周りにいた冒険者たちの何割かが目を向けた。


「おや、説明しなければ理解できませんか?」

「そりゃそうだろ」


 嫌味を込めて問うギルド受付の女性に対して、ヴェノムと呼ばれた濃い紫髪の男は薄汚れた探険服にリュックを担いだまま、苛立ちをあらわにしている。

 冒険者の間で揉め事トラブル自体は珍しくもないが、周りからは『ヴェノムだ。参加していたのか?』『そう言えばガンビットさんが声をかけたって言ってたな』『アイツが揉め事とは珍しい』『あの受付ってリョウオさんか』

 などと話し声がする。陽はまだ高く外は薄曇りのこの日、店内はクエスト帰りの多くの客でにぎわっていた。


「では貴方にもわかるように教えましょう。まず貴方はたった今、我々のギルド『白き千片せんぺんの刃』のクエストから帰還されましたよね?」

「あーそうだよ、クエストからな」


 苛立ちを隠さず指でカウンターをつつきながら、ヴェノムは答える。


「問題はその時の所業です。今回のクエスト内容、答えられますか?」

「バカにしてんのか、例の、『北の大洞窟』の中層ボス、ミノタウロスの討伐だよ」

「その通りです。その時、重大な契約違反がありました。よってあなたをこのギルドから追放し、冒険者タグは没収。当然、報酬を支払うことはありません」

「それがふざけんなっつってんだよ、何で、追放されなきゃならんのだ!」


 その声に、さらに注目が集まる。


「わからないのですか? こちらの貴方の契約書をもう一度お読みください」


 カウンターにひらりと出されたのは、一枚の紙。

 この大陸――ウィンダルフではありふれた魔法紙で、改ざんと破損を防ぐ魔法がかかっているそこには、


『私、ヴェノム・ヴェネーは、『北の大洞窟』におけるミノタウロス討伐に協力いたします』


 と、ありふれたサインが書かれていた。


「これがどうしたんだよ」

「はぁ……裏を読んでいないのですか?」

「裏? ああ……」


 書類には裏面にも記載があり、そこにはクエスト内容の詳細が書かれている。紙をひっくり返してヴェノムが読むと、


「『ダンジョン中層からさらに下層への探索を目的としたミノタウロス討伐です! 腕に覚えのある方、他ギルドでも大歓迎! ただし揉め事を持ち込んだ・起こしたら本部の判断で追放処分になることがあります」


 とだけ書かれている。


「……これが何なんだよ」

「まだわかりませんか? 今回貴方、自分がしたことを理解していますか?」

「したことって……『北の大洞窟』でミノタウロスを倒しただけだが?」

「何を用いてですか?」

「そりゃ『毒』に決まってんだろ。俺は【毒使い】だぞ」

「はっ、毒使いね」


 完全にバカにするような金髪緑眼をした受付嬢の言い草に、ヴェノムの苛立ちがさらに増す。


「なんか文句あんのか」

「いえ別に。問題は、貴方がミノタウロスをしてしまったことなんですよ」

「は?」

「そんなことしてないとは言わせませんよ、こんなに早く皆さんが引き上げたのは貴方のせいじゃないですか、ヴェノム・ヴェネー。

 貴方がミノタウロスを毒殺したせいで、下層に向かうための食料が無くなったんですよ?」

「え? あー、そう言う話にはなったけど……いや待て、え? 追放理由ってそれだけ?」


 首を傾げたヴェノムに、ため息で返す受付嬢。

 その態度にさらにイラつくヴェノムだったが、受付嬢はどこ吹く風の様子だった。


「十分じゃないですか、貴方のせいでウチのダンジョン攻略が大幅に遅れたんですよ。他に理由が要りますか」

「待て待て待て、それはおかしいだろ、俺は仕方なくミノタウロスを毒殺したんだぞ、お前今回のクエストの犠牲者について聞いてないのか?」

「聞いてますよ、お亡くなりになったのが五名でしょう。蘇生不可ぐちゃぐちゃで」

「しれっと言いやがってこの野郎……あのな、前回解除したはずのトラップが復活しててそれに引っかかったアホが二名と罠師が一名、ミノタウロスに会敵エンカウントしてから一分で二名だ。わかるか? 明らかにあのダンジョンの!」


 この大陸に置いて、ダンジョンとは突如自然発生する謎の迷宮のことだ。

 コアと呼ばれる宝石が形作るそれは何層にも分かれ、『ボス』と呼ばれる生物(主に魔物モンスター)が一定の階層ごとに存在することが多い。

 最深部にいる『ボス』を倒し、コアを手にしたものには巨万の富と名声と、コアそのものから莫大な魔力を得られる――というのがこの大陸の常識で、歴史上も含めて何人もの冒険者がパーティを組んでダンジョン攻略に挑んでいる。

 そしてコアによって作られたダンジョンはそれゆえに魔物も罠も復活し、ごくまれにその難易度が増すことがあった。今回もそれを確認した現場のメンバーでプランを変更し、ミノタウロス討伐以降の探索をストップしたのだ。


「ダンジョンがそう言うものだと理解してはいますが、そのような情報は入ってませんね。皆さん契約して向かった以上、今回の未踏破ダンジョン『北の大洞窟』はレベルBですよ。そしてだからこそ規定通り、貴方を追放します」

「伝書鳥は飛ばしてたぞ、リーダーのアレックが! 今アイツ病院だけど!」


 運悪くミノタウロスの痛恨の一撃クリティカルヒットを食らった彼は命に別状はないものの、かなりの大怪我のために病院へ担ぎ込まれていた。

 今この場にいるのはアレックから2つ以上地位が下の者ばかりで、ダンジョンの進退を決める際に立ち会ってはいない。特別補佐として参加したヴェノムを除いては、だが。


「来てませんね。記録はありません」

「ダンジョンの中で伝書鳥が死ぬことなんて普通にあるだろ、難易度上がってんだぞ」

「ですから、アレックさんの報告なんてないんですよ。であれば、貴方のせいでこうして皆さんが帰る羽目になったとしか言えません。大赤字です。ですから、その責任を取らせるべく貴方を追放する……何か難しいこと言ってますか?」

「くそ、お前じゃ話にならん! ガンビットの奴を呼んでくれ!」


 ダン、と音を立てて木のカウンターが叩かれる。


「ギルド長は不在ですよ」


 するとそこへ、眼鏡をかけた優男が現れた。

 淡い緑色の髪をしたその男の名は、


「グラクィー……」


 ゼニー・グラクィーと呼ばれる男だった。

 狼の獣人であり、最近流行りの『スーツ』と呼ばれる服を着て片眼鏡を持ち上げつつ奥から現れた彼は、明らかに軽蔑の目でヴェノムを見ながらカウンター越しに近寄った。


「さん付で呼んで欲しいものですね。私これでも経理部門のおさなもので」

「そりゃ悪かったな経理部長さん。で、今の話はどうなんだよ。五名死んでリーダーが病院に担ぎ込まれる未踏破ダンジョンで、ミノタウロスを仕方なく毒殺した俺は追放か?」

「はい。規定通りそうなりますね」


 冷たく、そして容赦なくグラクィーは言った。


「お前さあ、規定通りって言うならあのダンジョンは……」

「さっきから話は聞かせてもらってましたよ。言い訳は構いませんが、それで何かが変わるとでも? 規定、規則、規約……それらすべてが守られてこそ、円滑にギルドは運営されるのです。これ以上文句があるようでしたら、私の権限で実力による排除を行わなければいけません。ご理解したらどこへなりとお帰り下さい。規定通り、ダンジョンでの収穫は貴方の物ですよ」


 ぽんぽん、と毛深い手を鳴らすと、鎧を付けた熊の獣人達……つまりはこの酒場の用心棒たちが、ぞろぞろと集まる。明らかに『黙れ』と言う、脅しだった。


「暴れても構いませんよ? 【ポイズンマスター】のヴェノムさん?」

「……くそ、わかったよ!」


 乱暴に首からかけていたタグをちぎり、受付に叩きつけたヴェノムは出口に向かって去って行く。周りからは、

『おい追放されたぜ、ヴェノムの奴』『ガンビットさんの友人だからって調子乗ってるからだ』『得体のしれない奴が消えてせいせいするな』

 などと、散々な言われようだった。そして最後に、


「よお『』。調子はど……びゅぇぇ?」

「今なんか言ったか?」


 毒針を一閃した。


「なんりお言っれないれす……」

「そうかよ」


 入り口わきにいたトカゲの獣人に泡を吹かせて、ギルドを後にするヴェノム。それにより悪口は静まり返ったが、それだけだった。


「あいつバカだな。ヴェノムの逆鱗に触れやがった」

「さぁみなさん、お疲れさまでした! 規定通りの報酬をお支払いしますよ!」

「待ってました!」

「金貰って酒飲むぞー!」


 盛り上がる酒場を背景に、ヴェノムは去って行く。

 その背中を追う者は、一人としていなかった。







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