第67話

 練習場で飯を食って、掃除の続きをして、ちょっと休憩して……と俺たちはマイペースに時間を過ごした。

 スマ彦はあっちこっちほっつき歩いているのか、今日は姿を見せなかった。練習するにしても一人だとやれることは限られてくる。 

 手作り感のあるボロボロのサンドバッグがいちおうぶら下がってはいるが、今叩いたりするとまた下からクレームが入る。

  

 おとなしく二階にこもっていても仕方ない。

 俺はとりあえず外回りをすることにした。ジャージに着替えて、校門から外に出ていく。


「おーし、気合いれていくぞー!」


 俺のチャリにまたがったユキが拳を突き出す。

 外を走ってくると言うと、ユキははじめ難色を示した。しかしすっかりノリノリだ。走っているところをチャリで並走する、みたいなのをやりたかったらしい。

 

 学校の周りを遠巻きに、なるべく車の通らない道をいく。これは体育の授業でも使うルートだ。他の部活動でも使われるが、今マラソンしているような生徒はいない。


「ちょっと待ってよぉ、ペダルが重いよ~」


 最初は先導していたユキだったが、後半の坂道にさしかかったところで前後が逆転した。自転車をおりて押しはじめたユキを足踏みしながら待つ。


「ユキもちょっと走ったほうがいいんじゃないの」

「マネージャーが走るのはおかしいでしょ」

「いやべつにいいだろ」

 

 どうあっても走りたくないらしい。

 学校の前の通りまで戻ってくる。夕陽を背に受けながら、再びペダルを漕ぎ出したユキと並んで走る。


 文化祭のことはガン無視だが、こっちはこっちで青春っぽい。

 なかなかいい感じかも……と思ったその矢先。


「いっちに、いっちに」


 気づくと俺達の後ろから何者かが並走していた。

 影は俺の隣に追いついてくると、にこっといたずらっぽい笑みを向けてきた。

 俺は立ち止まった。ワンテンポ遅れてレイナも立ち止まった。


「どしたの? バテた?」

「……なにやってんの?」

「ちょうど見かけたから、一緒に走ってみた」 

「なんでいんの?」

「今日何回かライン送ったのに返事ないんだもん。電話も出ないし」


 微妙に会話が噛み合わない。今に始まったことではないが。

 ケイタイは午後からずっとカバンの中に入れっぱなしだ。レイナとなにか約束をした覚えはない。

 

「スマ彦に送ったらさ、じゃあ俺と遊ぼうよっていうから来てみた」


 呼び寄せた犯人はあいつか。

 レイナは学校帰りらしく制服姿だった。前もって予定を、ということはせずその日の気分で動いているらしい。


「ん?」


 レイナの視線が横にそれた。

 振り向くと、自転車をおりたユキがハンドルを握って立っていた。


 レイナは不審そうにユキの顔を見つめる。

 誰? とでも言いたげな様子だったが、この二人は初対面ではない。一度俺の家で鉢合わせたことがある。


「あっ、あのときの子だ!」


 思い出したらしい。レイナは声を上げながらユキを指さす。

 対するユキはとっくに気づいているようだ。にこりともせず見つめ返す。


 レイナがユキの目の前まで近づく。少しレイナのほうが身長は上だが、ユキは負けじと目線を外さない。

 無言の見つめあいが続く。なぜか俺がはらはらしてきた。 


「かわいい……」


 先に声を漏らしたのはレイナだった。

 口にするなり、頬が触れそうな距離まで顔を近づけて、まじまじとユキの顔を観察する。

 それが意外だったのか、ユキは驚いたように顔をそむけてうつむいた。


「かわいい!」


 その仕草がさらにレイナを刺激してしまったらしい。レイナは目を輝かせると、横から肩を抱くようにしてユキの体に腕を回した。


「えっ、ちょっ……」

「え~よく見たらめっちゃかわいいじゃんこの子~。おっぱいも大きいし」


 かわいいかわいいと上から目線だが実はユキのほうが年上だ。

 レイナは下から胸を持ち上げるようにしてゆさゆさとする。かっと頬を赤くしたユキが手を払いのける。


「や、やめてください!」

「え~いいじゃんべつに~。ねえ、この前も会ったよね? ごめんね、あのときは勝手にカノジョだとか、勘違いしてて」

「いえ勘違いじゃないですけど?」

「は?」


 レイナがぽかんと口を開けた。ぐるんと俺のほうに首を回してくる。 


「なに? どういうこと?」

「いや違うだろ。勝手に言ってるだけだって」


 訂正するが、ユキは俺が間違っていると言わんばかりに睨んでくる。

 俺たちの顔を交互に眺めていたレイナが手をうった。 


「あ、なるほどわかった。アタシとおんなじだ。ナイトのこと好きだけど、彼女ではないんでしょ?」

「へ?」


 今度はユキが口をぽかんと開ける。レイナはニヤリと笑った。

 

「じゃあ、ライバルだね」

「いえ、そういうのいいです」


 負けじと張り合うのかと思いきや拒否。

 ユキは同年代の女子が苦手だといっていた。レイナみたいにクラスの中心で騒いでるようなのは余計だ。ひとりでスマホイジイジしているタイプ。


「じゃあベロチュー勝負する? アタシめっちゃ強いよ」


 レイナはユキににじり寄る。話を聞いていない。

 そしてなんだそのパワーワードは。

 見ていられず間に入る。


「やめろやめろこんなとこで。アホか」

「ナイトにも勝ったし」


 思わず吹き出す。

 横からユキの視線が突き刺さるのを感じる。かと思えば腕を強めに引っ張られた。


「とにかくわたしたちは今、部活中なんで! 邪魔しないでもらえますか!」

「いまって文化祭の準備とかじゃないの?」

「わたしたちは部活なんで!」

 

 ユキは強引に押し切った。

 冷静に考えると意味がわからないが、レイナはその剣幕に押されたらしい。スマホを取り出して操作を始める。


「ふ~~ん、そっか。じゃあ今日はスマ彦と遊ぼっかな~?」

「いやお前懲りてないじゃん。そういうのがよくないって話じゃなかったっけ」

「は? なんで? スマ彦は友達じゃん。友達と遊ぶだけなのに……えっ、もしかしてナイト嫉妬してる?」

 

 レイナのニヤニヤ顔が寄ってくる。

 かたやユキは金剛力士像みたいな顔を向けてくる。レイナはユキの顔を見て吹き出した。


「ぶふっ、ユキちゃんって面白いね! ねえねえユキちゃんも遊ぼうよ今度一緒に!」

「ヤです」

「え~なんで~?」


 レイナは食い下がろうとするが、ユキは自転車にまたがってペダルを漕ぎはじめた。「とっとと行くぞ」と目で合図してくる。俺は逃げるように遠ざかるチャリを追って走り出した。


「文化祭行くからねー!」


 ユキにも聞こえるように背中からレイナの声がこだました。

 



 

 レイナと別れ、学校の敷地内に入った。

 チャリをおりたユキは無言でハンドルを押している。なにも言わないのが逆に怖い。

 ややあって、ぼそりと口にした。


「……同じにおいした」

「はい?」

「あの女とナイトくん」


 どうやら服についた匂いのことを言っているらしい。期せずして答え合わせしてしまったようだ。 


「ねえ」

「……な、なにか?」

「今日、うちこない?」


 脈絡もなく誘われる。警戒せずにはいられない。

 

「……それは、どういう理由で?」

「金曜だし、ママいないから」

「答えになってないけど?」

「ちょっといろいろとね、ナイトくんとゆっくりお話、したいなあって」


 これはきっとお話という名のなんたら、というやつだ。


「来るよね? 来ないなら逃げたとみなすよ」


 仮に今逃げたとして、この先逃げ続けることは不可能だろう。

 俺は腹をくくることにした。

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