第48話

「次はないって言ったよな?」


 長机の反対側で腕組みをした増田がいった。

 生徒指導室にはあかあかと蛍光灯の明かりがともっている。窓の外はめっきり暗くなっていた。


「お前のせいで大出血サービス残業だよ勘弁しろよ」

「増田先生、生徒の前で残業とかそういう言葉はあまり使わないほうがいいのでは」

 

 隣に着座していた担任の田波(28歳独身巨乳)がいった。若いながらもそういう発言は公僕の素質がある。

 後片付けと連中への聞き込みで長丁場になっているせいか、だいぶ先生方のご機嫌が悪い。ここは俺が空気を和ませる。


「やーい怒られてやんのー」

「調子乗るなクソガキ。ふざけてる場合じゃないぞ? 今回の処分はどうなるかしらんからな」

「俺、先生のこと尊敬してます。この学校のことも好きなので」

「だからなんだ?」

「ここはぜひ、ことなかれの隠蔽体質を発揮してもらって」

「アホか。隠蔽もくそもあるか、まーた消火器ぶちまけやがって……」

 

 今回もなかなか派手にやらかしたが、思ったより大事にはならなかった。

 と言いたいところだが、まだ大事になるかどうかも決まらない段階のようだ。

 単純に消火器ぶちまけたぐらいならたいしたことはないのだが、その前まで遡られるとあまりよろしくない。


「どいつもこいつも言うことが違うしよ。まったく口裏もうまく合わせられねえのかよバカどもが」


 教師にあるまじき暴言。ただでさえ仕事が山盛りで、かなりお怒りのご様子。

 目の前でこんな悪態をつかれたら、若い女教師なんかはきっと怯えてしまうだろう。


「増田先生」

「はい、口が過ぎましたすいません」


 と思ったら、怯えるどころか圧をかけて黙らせた。

 リングでのこと、どいつかが一部ゲロったらしい。本当に近頃の奴らは根性がない。なんかあるとすぐ先生に言っちゃう。


 一番の危険人物とみなされたのか、俺だけ隔離されている。

 正直言って後のことはなにも考えていなかった。ほとんど衝動的にやったことだ。けどリスクだのコスパだの考えていたらなにもできない。


 モンスターを退治したからと言って、王様から褒美がもらえるということもなく。俺の行動で助かったとか救われたとかいうやつがいたかどうかはわからない。ボコられただけのはずのスマ彦が、やたらハイテンションだった。

 俺は年下の女教師に怒られてうれしそうな増田に向かって言う。

 

「まあ消火器はちょっと誤って撒いちゃったみたいな感じでいいとして……なんか先生も心配してた金子先輩が、リングの上で一方的に殴られてたみたいなんですけど……え、この学校っていじめあるんすか? やばくないすか?」

「それは、金子が仮入部だって言って、歓迎のスパーリングっていう話を……」

「え、そんな話信じるんですか? 俺と同じクラスの桂っていうやつが動画持ってますよ」

「まあ、それに関しては、おいおい詳しく事情を聞いてだな……」

「俺はいじめを止めに入ったんで、表彰してもらっていいですか?」

「それでなんで消火器を撒き散らすんだよ」

「それは必要経費ですよ。消火器と一人の命、どっちが大事ですか?」


 増田は黙った。

 え、もしかして論破した? いけんのかなこれ。マジで?

 はい論破と勝利宣言すべきか迷っていると、立ち上がった田波にバインダーで頭を叩かれた。わりと強めに。


「あんたが煽ったって聞いたわよ? 俺が最強だ、全員ぶっ倒してやるからかかってこいって。笑いながら殴りかかってきたって」


 誰よそいつ。もう頭イカれてるわ。怖いわ。

 

「それはほら、男だったらやっぱり最強を目指したいじゃないですか」

「まったく、中途半端なケンカして。どうせやるなら二度と逆らえないよう徹底的にやりなさいよ」


 増田が目を剥いて田波を二度見した。

 ヤンキーやん。半グレやん。ついに本性表してきた。怖くなったので一度真面目に詫びを入れることにする。

 俺は椅子を立ち上がると、姿勢を正して頭を下げる。


「ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」

「うん、でもよくやった。いじめなんてくだらない真似してるやつは、ボコボコにして消火器ぶっかけてやればいいのよ」」


 田波に頭をぽんぽんされる。急に優しい。アメとムチをたくみに使い分けてくる。普段からやりなれているプロの所業。

 黙って眺めていた増田が渋い顔をする。


「田波先生、そういう発言は……」

「なにか問題でも?」


 田波が笑顔で振り返ると増田は黙った。俺もすかさず乗っかっていく。


「まあでも、たかが子供のケンカですよ。そんな大人がマジ顔でしゃしゃり出てくることでもないでしょ」

「なんだ? こういうときだけ子供ぶるのか? そうだお前、あとでドミノ立てるの手伝えよ」

「いや俺倒してねえって」

「お前が倒したようなもんだろ」


 ドミノはまだ作り始めだったからよかったものの、後半だったらヤバかった。俺じゃなくて下手人のゴリラ二体に仲良く並べさせたらいい。多少は知育になるだろうし。

 田波が思い出したように言う。

 

「てかあんた、クラスの出し物の準備は?」

「いやだって俺ハブられてるし。なんも役目割り振られてないし」

「はぁ……これだから。この前あんたのことクラスの女子に聞いたけど、なんか絡みづらいって言ってたわよ」

「なんか絡みづらいってなんだよ」

「やっぱり星はもう無理にでも彼女作りなさい。あんたが変わるのはそれしかないわ」

「いや田波先生、そういうことでは……」

「そういうことです」

 

 増田が割って入ってきたが、きっぱり言い切った。こっちも強引に論破した。

 そのとき部屋のドアがノックされた。増田が苛立たしげに「はい」と返事をする。


「ナイトくん!」


 けたたましくドアが開かれ、甲高い声がした。姿を現したのはユキだった。

 ビクっと肩をすくませた増田をよそに、テーブルを回り込んでいちもくさんに駆け寄ってくる。


「あ、すみません、お取り込み中……」


 続けてもう一人入ってきた。ミキが腰をかがめながら、後手でゆっくりドアを閉める。

 現れた二人を見て、田波が感心したような声を上げた。

 

「あら珍しいじゃない。タチバナ姉妹二人して」

「ああ、さっき二人でオレんとこに来てな。相談があるっていうから聞こうとしたら、その矢先にこの騒ぎだよ」

 

 増田が答える。どういうつもりか、二人で増田のところに行ったらしい。 

 増田はユキとミキに向かって視線を流しながら、


「そういえば、なんの話だったんだ?」

「あ、もう大丈夫でーす」


 ユキが早口で増田を遮った。俺のそばにやってきてこっそり手を握ろうとしてくるので、やめとけと手で払う。

 ミキも増田のことはガン無視で俺に近づいてきた。かたわらで立ち止まって見つめてくる。


「あのね、ユキから連絡があって……一緒に先生のとこに行って話そうって」


 それで増田のところに行ったのか。俺と別れたあと、ユキはユキで動いていたらしい。ミキがあの場にいなかったのは、ユキと合流して職員室に向かったせいか。


「ユキ、お前……」

「そ。ユキちゃんいい子でしょ? 惚れなおした?」


 俺が助けるまでもなかったようだ。ユキもなんだかんだでミキのこと、気にかけていたらしい。

 ただ最後にミキとデキてる宣言してしまったせいで、今後ヘイトが全部俺に向いてきそうではあるが。とりあえずこの場では黙っておく。

 そんなことはつゆ知らず、ミキがさらに一歩距離を詰めてくる。

 

「星くん、やっぱり私を……助けに行ってくれたんだ」

「あー違う違う。それは勘違いっすね」

「違くないでしょ。またそうやって、わざと突き放すようなこと言って……」

「違うよ」

 

 俺のかわりにきっぱりユキが否定した。間に入ってくる。


「ナイトくんはミキじゃなくて、ミキになってたかもしれないわたしを助けようとしたの。要するにパラレルワールドのわたしも助けたの」

「は? なに意味わかんないこといってんの? 星くんは私を選んだんだよ?」

「いや選んでないから。なんでわかんないの? もういいよミキはどいて! そんなことより早くナイトくんち行こ? 今日こそえっちするんでしょ?」


 増田が派手に吹き出した。田波が「あら」と目を丸くした。

 ユキさん無敵すぎる。もう自分ついていきます。俺はパイプ椅子を机の下に押し込みながらいった。

  

「じゃあ増田先生、お先失礼します。後処理は任せました。今日これから3Pなんで」

「お前、退学な? ていうかオレが退学にしてみせる」

「ダメです退学なんて!」


 ミキが鋭い声を上げながらテーブルを両手で叩いた。

 驚いた増田が軽くのけぞる。なにか恐ろしいものでも見たかのような目をする。ミキは咳払いをすると、うやうやしく頭を下げていった。


「あの……どうかお願いします。彼は私が責任を持って面倒を見ますので」

「面倒を見る、と言われてもなぁ……」


 かの学年主任様も急に歯切れが悪くなる。学園のマドンナには弱いらしい。

 

「いえわたしです、わたしが責任を持って飼います」


 負けじとユキが割って入っていく。

 増田が無言で俺を見た。俺は知らん顔で田波に視線を受け流した。 


「タチバナさん、なんでよりによってこんな……。やめたほうがいいんじゃない?」


 彼女を作れと言っておきながら見事なダブルスタンダード。

 けどやめたほうがいいんじゃないは俺もそう思う。

 気圧されがちだったおっさんが、めいっぱい低い声で仕切り直す。


「それにさっきの発言は見過ごせんな。生徒手帳見てみろ、不純異性交遊禁止と校則にも書いてあるんだぞ? こんなやつに味をしめさせたら、なにされるかわかったもんじゃないぞ」

「大丈夫です、いざとなったら手錠がありますので」

「うんうん、危ないことしないようにね」

 

 増田は絶句した。俺も絶句した。

 一方で、田波がにやにやしながら俺に視線を向けてくる。 


「へーなんか楽しそうじゃない。先生も混ぜてほしいな~」


 リアル女王様参戦。ついにカミングアウトか。

 絶対家にムチあるだろ。一式揃ってそう。


「田波先生、そういう冗談はあんまり……」

「こんど問題児の家庭訪問でもしましょうかね。一丁前に一人暮らししているっぽいし」

「なに? お前一人暮らしなのか初耳だぞ。もうやりたい放題じゃないかふざけるなよ」

   

 田波がマジっぽいノリになってきた。増田がなぜかキレ始める。嫉妬か。


「やっぱりしばらく泊まり込みで監視しないとダメかも。私が」

「ナイトくんには癒やしが必要だから、いっぱい甘えさせてあげないといけないかも。わたしが」


 双子の不穏な会話が聞こえてくる。

 

「あのね、すぐにさせたらダメよ? 下に見られるから。うまくじらして手なづけるの」

「なるほど、つまり寸止め……」

「さすが先生、勉強になります」


 さらに危険な会話が聞こえてくる。

 そこに増田の荒ぶった声が加わり、室内は騒がしくなる。


 やかましくなる言い合いを背に、俺はなにも聞こえていないふりを装ってひとり窓際に近寄った。

 少しだけ窓を開けて、顔を出す。夜風が流れて火照った頬を撫でた。グラウンドの照明は消えていて外は薄暗かった。

 明かりを探して空を見上げた。空には一面に薄い雲がかかっていた。雲の間に一つだけ、大きく輝く星を見つけた。

 どこのなんていうかも知らない星だったけども、この際なんだっていい。


 最強の騎士が姫を助けたあとは、ハーレムのお楽しみ。

 どうだ見たかよ。羨ましいだろ。

 なんて言ったらきっとまた、ぶん殴られるだろう。




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お読みいただきありがとうございました。

一応続きの構想はありますがどうするかは未定なので、ここでいったん完結とさせていただきます。よろしければ評価などいただけると幸いです。

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