16. 顔を見ずとも伝わること
『今日図書委員だから18時からのやつ無理だわ』
放課後、文芸部の部室から
「君がスマホをいじるなんて
「
「高い買い物して手に入れたものなんだから有効活用しないとね」
「そういう先輩も割と持て余してそうですけどね」
「言ってくれるじゃない」
椎菜先輩との間には自然と言葉が生まれてくる。
それは彼女の人柄がなせる技なのかもしれない。しかし
甲斐は今後、古庄とどんな関係を築いていくのか。事前調査した話題は昼休みの会話の役に立ったのか。彼女達の関係が
こんなことなら昼休みに逃げるように学食へ行くべきではなかった。
甲斐と初めて会った日も同じように逃げて後悔したくせに、自分自身の学習能力の無さにほとほと
『前みたいに図書室で待つのはダメ?』
狙いすましたように甲斐からの連絡が来る。先週は
『
『じゃあ今晩、電話できない?
言いたいことがあるから』
続けて送られてきた絵文字は怒っているような気合が入っているような顔文字だった。こうなることは想像していた。真面目な優等生の甲斐を
結果は一見良好そうに見えたが、それとこれとは話が別ということだろう。
実際、俺がやったことは
考えだすとキリがない。つくづく後悔してばかりだ
「まーたスマホ見ちゃって、もしかして彼女でもできたのかな?」
スマホをいじる俺に対して、
「か、か、かっ、かのっ……!?」
椎菜先輩の言葉に反応して
集中して本を読んでいるように見えて意外とこちらの話も聞いているんだな。
「彼女なんてそんなのいませんよ。大体、先輩がうるさいから財津が迷惑してるじゃないですか」
「なーんだ。違うのか。まあ君に彼女ができたら私が悲しんじゃうからなー」
「相手されなくなって
いつものように
「君がそう思うならそれでいいよ。でも、あんまりぞんざいに扱ってるとそのうちいなくなっちゃうかもよ」
「ははっ。なんですか、それ」
程なくして委員会の時間が来たので俺は部室を出た。
甲斐への返事を送っていないことを思い出してスマホを取り出す。簡潔に
———————————————————————————————
『今から電話するね』
『了解』
時刻は夜の9時を過ぎたところ。晩御飯を食べてちょうど風呂を上がったばかりだ。
スマホが鳴る。
朝の嘘に加えて、事情があったとはいえ今日は会う誘いを断っている。甲斐の第一声が少し
「もしもし」
「あ、もしもし
予想に反していつもと変わらない甲斐の声にホッとする。
「いや、こちらこそ今日はごめん……色々と」
「本当だよ!
甲斐の声は
「甲斐さんがわざと忘れるのは嫌がるかなと思って勝手なことした。結果オーライだったかもしれないけど、それで甲斐さんの印象が
「赤嶺くんは優しいね」
「そんなことは……」
「そんなことあるよ。だって今日、赤嶺くんの作戦はうまくいって私は
「……ありがとう」
俺はどこか
「それで、今日はどうだったんだ?」
「どうって……赤嶺くんの聞いてた通りだよ」
「今日は昼休み学食に行ってたからどうだったか聞いてないんだ」
「えっ? そうなの? てっきりいつもみたいに自分の席でご飯食べてるんだと思ってた。なんで今日に限って学食なの?」
「別になんでって聞かれるほど理由があったわけじゃないし、たまたまそう言う気分だっただけだよ」
俺は嘘をついた。
「そっか。昼休みはね、この学校に入ってから1番楽しい昼休みだったよ。楓ちゃんとそのグループに入れてもらって一緒にご飯食べて、それから数学の宿題を一緒にやって、終わってからはおしゃべりして……最後にまた明日も一緒にご飯食べようって誘われちゃった」
声だけでもわかるくらい、甲斐は
「それを聞いて安心したよ。予習の成果は出せた?」
「それもね、赤嶺くんに教えてもらったカフェの話ができたんだよ! 先回りしてるみたいでちょっと悪い気もしたんだけどみんなとちゃんと話できた気がする。それ以外の話題の時はずっと聞いてばかりだったけど……」
「だとしても大きな進歩じゃん」
人の気持ちがわかるわからないという甲斐が当初
「それでね。赤嶺くんにまた相談があるんだけど……いいかな?」
「ダメって言ったら言わないの?」
「意地悪だなあ。じゃあ勝手に言わせてもらうね」
「次の土曜日、一緒に遊びに行ってくれない?」
「嫌だ」
「即答することないじゃん」
「先週も断ったでしょ。それにこの間話した通り、俺は甲斐と一緒にいるところを学校の人間に見られたくないんだよ。それは甲斐がダメってわけじゃなくて俺個人の問題だから勘違いはしないで欲しいんだけどさ……」
「わかってる。赤嶺くんは目立ちたくないんだよね?」
「よくわかってるじゃん」
甲斐の俺に対する理解が深まっていることがなんだかむず
「だったら学校の人が来ないくらい遠いところでだったらどう?」
「なんでそこまでして遊びたいんだよ」
「来週の月曜日、放課後楓ちゃんたちと遊びに行くことになって、その予習がしたくて……ダメかな?」
こう言われてしまうと弱い。
甲斐に協力すると話した手前、もう少しだけ彼女に協力する必要があるだろう。
「仕方ないな……今回だけだから」
「やった! じゃあ場所は……あっ、お母さんが来たみたいだからごめん、切るね。詳しいことはまた連絡する!」
それだけ告げて電話が
あまりの慌ただしさに先程の約束が本当なのか疑わしくなる。
次の週末に甲斐と遊びに行く。
客観的に見れば、学年で1番可愛い女の子からデートに誘われたことになる。
誰とも関わりのない平穏な学校生活を望んでいるくせに、俺は甲斐との約束に少なからず浮かれてしまっていた。
だからこそ、疑いたくなるし信じられなくなる。
そして決意して1人を選んでいる自分が揺らいでいくのが恐ろしくなり、現実から目を逸らすようにそのまま目を閉じた。
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