燃えよ星将~元亀大乱~
葛城マサカズ
第1話 元就再起
元亀三年十二月、安芸の国にある吉田郡山城は静かな朝を迎えた。
寒い時期であり、誰もが身震いして目覚める。
「祖父上、おはようございます」
毛利家当主である毛利輝元は外で上半身を寒風に晒し、刀を振る鍛錬をする老人に挨拶をする。
その老人は毛利元就と言う。
三年前に病に倒れ、死の淵にさえさまよった。
そこからようやく、刀を振れるまで回復した。
「輝元も鍛錬せい」
元就は輝元へ共に朝の鍛錬をせよと言う。輝元は素直に従い、元就と同じく上半身を露わにし、刀を振るう。
「寒いか輝元?」
元就は問う。
「いいえ、身体を動かして暖かいです」
輝元は身体を動かす心地よさで答えた。
「そうか、ワシは熱いのだ」
元就がそう言うと輝元は「風邪をひかれたのでは?」と心配する。
「そうではない、戦いを挑もうと熱くなっておるのだ」
元就は心が熱くなっていると述べている。しかし輝元はそれがどう言う意味なのか分からない。
中国地方の覇者となった毛利家の当主輝元、まだ十代半ばであり元就の深謀遠慮を計るには若かった。
「誰に挑むのですか?」
輝元は正面から問う。言葉の駆け引きを挑むのは無謀でからだ。
「織田信長だ。上方へ上り、本願寺や浅井・朝倉と組み信長を討つのだ」
輝元はそう来たかと納得した。
尾張から上方を制した織田信長、摂津にも勢力を広げ、毛利の所領をいつか脅かすやもと思っていた。
そのいつかは、近くはないが信長と戦うだろうと緩く考えていた。
だが、元就は信長とすぐにでも討とうと言う。
「輝元、信長は毛利にとって大いなる敵ぞ。浅井・朝倉と本願寺を倒せば、今度はこっちへ攻め来るだろう。だから今討たねばならん」
「さすが祖父上、そこまで見えているのですね」
輝元が感服すると、元就は「たわけ、これぐらい見えねばならんのはそちだぞ」と苦言を刺す。
「輝元、毛利当主のお主はどうじゃ。信長と戦うか?」
元就は隠居の身である。毛利家の方針を決めるのは輝元だ。
輝元は迷う。
祖父上である元就の言葉に従いますと言いたいが、元就がそんな答えを求めていないのは分かっている。
当主として判断した答えを出さねばならない。
「祖父上は信長を敵になると仰せですが、今まで毛利と織田は良き縁でしたぞ」
輝元が跡継ぎとなろうという頃から信長と毛利の親交があった。
朝廷から輝元へ右衛門督に任じられた時には、信長から祝言が届いた。
「そんな信長と戦するのは、真義にもとると思います」
輝元の答えに元就は自分の答えを出した事に内心喜ぶ。
「だが、真義はこの戦乱の世では脆い。親交があるとはいえ、毛利と織田で婚姻や盟約を結んだ訳では無いのだ」
元就は真義を挙げる孫へ毛利と織田の関係を改めて確かめさせる。
あくまでお互いを周知や連絡するようなぐらいの関係、婚姻による一族同士が深い関係になるではなく、盟約と言う形によって手を結んだ訳ではない。
「しかし、我らが上方へ出れば、大友が動きましょう。三好もどう出るか。毛利家当主としては織田との開戦は反対です」
輝元ははっきりと言った。
毛利は九州の大友、四国の三好と敵対していた。
信長の調停で大友とは停戦状態だが、毛利が信長と戦えば調停は白紙になり大友は動くのが見える。
三好も隙を伺い動くだろう。
毛利の所領を脅かされるとなれば、遠征に出れる訳が無い。
「そうであろう。当主として当然だ」
輝元のはっきりと当主の意志を示した事を、元就は認めた。
「ならば、ワシだけで行く。兵は一万ぐらい欲しい」
元就は自分だけで行くと言う。
輝元は驚く、元就はもはや齢八十になろうかと言う老人だ。
病から回復したとはいえ、戦に出て良いとは思えなかった。
「なりません、無茶はなりません」
輝元は心配から本気で止めにかかる。
「無茶は承知、この老いぼれが命長らえるは、毛利の子々孫々を守る為なりと決めていた。それが信長を討つ事よ」
元就はそう意志を示すものの、輝元は「されど」と重ねて反対する。
「我が孫よ、どうか先が短い老人の我が儘を聞いてくれぬか」
元就にそう言われると、輝元は感情を揺さぶられる。
「分かりました。祖父上の最後の戦を支度しましょう」
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