第9話:戦女神の加護
……変な夢を見たな。
ボリボリと頭を掻きながら体を起こすと、金髪の壮年のチャラ男が俺の顔を覗き込んでいた。
「おっ、起きた。なんかうなされてたけど平気か? ジオ坊」
「……あー、おじさんか。夢見が悪くて」
「夢見?」
この男が伯父というのは妙な気分だな。
体を起こしながら、昨夜見た夢のことを話す。
「あー、なんか、戦神シルリシラを名乗る可愛い女の子が出てきて、求婚されて」
「あー、俺は夢分析が得意だけど、そりゃあ欲求不満ってやつだな。いいところ連れてってやろうか?」
「子供に何言ってんだこの男……。あと、なんかその女の子が爆発した」
「それも欲求不満だな」
「夢の内容を全部欲求不満に繋げてくるな、この男……」
それにしても、普段から話したい内容が話せない窮屈さを感じていたけれど、この男の前だと尚更だ。
聞きたいことも、謝りたいことも、礼を言いたいことも、文句を言いたいことも多く。
けれども、そのどれもを話すことが出来ない。
居心地の悪い中、優しそうな目だけが俺に向けられる。
家族が大切という言葉はきっと本当なんだろう。
「姉ちゃん、いい人と結ばれたみたいでよかったな。お前の姉ちゃんも娘として優しく扱われてるみたいだし」
ああ、本当に親父殿は大物だよ。
そうしていると、叔父はジッと俺の顔を覗き込む。
「本当に頭良さそうだな。将来有望だ。……んで、まぁ、寝起き頭に言うのは悪いんだけど、俺がここにいられる時間はあんまり長くないから勘弁してな」
叔父はそう言ったあと、俺に向かって言葉を続ける。
「お前、結構ややこしい身の上でさ。なんとなく気がついてるかもしれないけど、かなり監視されてるんだよ。これからもずっとな。けど、俺なら多少自由にしてやれる」
俺を覗き込む叔父は優しそうで、子供を騙してやろうとかの他意がないことが分かった。
「姉ちゃんに聞いたよ。お前さ、魔法の勉強をしたいんだって? デカい方のジオルドとも話が付いてる。王都……今は王都じゃないんだっけか。まぁ、都市の魔法学校に行ってみないか?」
王都の魔法学校? 知らない言葉に戸惑っていると、叔父は続ける。
「そのまんま、魔法の学校。とは言っても今までは王侯貴族が独占していた技術の研究が主で、教える方はそんなに力を入れてないらしいけど」
「……魔法の研究」
思いがけない提案。
正直……興味はある。そして興味があり、心を動かされていることに自分でも驚く。
思っていたよりも俺は魔法というものが好きらしい。
「それにジオルド……あー、デカい方のジオルド。……いや、デカルドから魔法を習ってるんだろ?」
「デカルド……」
ああ、俺がひとりで勝手に魔法を覚えたのは不自然だから、アルガに教わったということにしているのだろう。
まぁ、実際は逆で、革命時代に俺がアルガに教えたのだが。
「ジオルド・エイローの使う魔法は、貴族達が使っていたものと全く違った体系で、かなり特殊と聞く。それを使えるなら教授達からも喜ばれるだろう」
ああ、まぁ、俺のは貴族の魔法を真似たわけではなく聞き飾りの知識から自分で組み上げたオリジナルの物だ。
貴族の魔法は主に詠唱か魔法陣によって魔力を操作するが、俺の魔法は一部を除いて手で印を結ぶことにより魔力を操る。
魔法陣と違って用意はいらないし、詠唱と違って戦闘時の呼吸を邪魔しない。
そして何より、相手に伝わりにくいという対人戦において非常に有利な性質がある。
「それで、どうする?」
「……最近、親父殿が、畑の仕事を手伝わせてくれるようになったんだ」
俺の言葉を聞いた叔父は、大放蕩なんて呼ばれている男とは思えないほど優しそうな表情で俺の頭を触る。
「そうか。じゃあダメだな」
「ああ、器じゃないよ。俺は」
「うし、まぁ俺がここにいるとデカルドも帰れないし、今日の夜には帰るよ」
安心したような、もう少し話してみたかったような妙な感覚。
……嫌いじゃないな、この男。
朝飯を食べてから、村の食料保存庫に行って溶けた氷を貼り直す。
畑に行って村の子供が遊んでいるのを横目に見ながら雑草を抜いていく。
魔法は……まぁ、確かに好きなのだろう。
興味はあるし、夢の持てる技術だ。
けれどもやはり、俺は前世も今世も今の世界にとっては厄介者である。
根っこから丁寧に草をむしる。丁寧に、丁寧に、残さないように雑草をむしりとり……。
「おーい、せんぱーい!」
手に握っていた雑草が、アルガの声に驚いてしまったことで根っこを残して千切れてしまった。
顔を上げて、周りを見回す。
「その呼び方は聞かれるとまずいと何度言ったら」
「……ちょっといいっすか? あー、そっちの森の方まで」
怪訝に思いながらもアルガの後ろに着いて人のいない森に入ると、アルガはピンクのアフロをむんずと掴んだかと思うと木に向かって放り投げる。
「……ヅラだったんだ」
「そんなことより、先輩。聞きましたか? 大放蕩から」
「……ああ」
けど、という俺の言葉を遮るように、アルガは手で印を結び、氷の剣を生み出して握る。
真剣な表情だが、敵意や殺意は感じられない。
「……アルガ?」
「貴方の血は脅威です。それが都に行くのは、本当は決して許されない」
「ああ、それはそうだろうけど。俺は──」
アルガは俺に氷の刃を向ける。
「──けれども、ジオルド・エイローであるのならば、行くべきです。貴方の変えた世界を見るためにも」
茶髪の髪が魔力の奔流で逆立ち、足元は凍てつき、体の周りに氷の礫が浮かび上がる。
「証明してください。貴方がジオルド・エイローであると。俺を倒して」
魔法学校に入るつもりはない。
だが、けれども見逃せないものがそこにあった。
寂しそうにしていた仲間が、俺がそうでないと思えばきっと苦しむのだろう。
「……分かった。教えてやる。俺がジオルド・エイローであると」
子供の姿で手加減など到底出来る相手ではなく、本気を出すしかない。
アルガも『自分を倒せ』というよりも、期待しているのだろう。
俺にしか扱えなかった魔法の使用を。
その魔法に関しては、失敗する気はしない。
祈るような手印と共に、口を開いた。
俺の扱う魔法の中では珍しい詠唱を必要とする魔法。
「──『貴女は戦を望みはしない。痛みも苦しみも、優しい貴女の慈悲なのだから。けれども私は苦痛を知らぬ盾でありたい。貴女を守る盾でありたい。』」
魔法の階級は術の複雑さと使用する魔力量によって定められる。
俺にしか扱えなかったその魔法は、魔法の最低ランクである下級魔法よりも少ない魔力により発動される。
「──
祈りの印と詠唱の二つによってなるその魔法の属性は闇と氷の双方の混合。
「【戦女神の加護】。……やっぱり、それが使えるってことは、先輩は先輩ですね」
アルガはそう言ったあと、氷の剣を強く握る。
「久しぶりの稽古、お願いします」
魔法の効果は『心を凍らせる』。
痛みと苦しみを取り除き、限界の環境下にあってでも最適解を選択し続ける。
外界に影響を与えることがない最弱の魔法であり、同時に、革命を成し遂げた最強の魔法でもある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます