◇9
◇side.クロエ
私は今、恐ろしい戦場にずっと立っている。どうして私がこんな所に長時間立ってるのだろうか。
この部屋は、いつもは氷点下に達しているはずなのに、今日はやけに暖かい。何故か、それは天使がそこにいらっしゃるからだ。
陛下の座っていらっしゃる執務室の椅子、そのお膝の上には天使が座っていらっしゃる。作業机には、先程持ってこさせたクッキーが置かれていて。陛下がクッキーを天使の口元に持ってきては食べさせているという何とも素晴らしい絵面が完成しているのだ。
執務室という地獄にやってきた者達は皆目をまん丸くさせていて。それもそうだ、陛下に激似のこの天使は一体どこのどなたで、そのクッキーを食べさせている方は一体誰なのかと思っている事だろう。天使だぞ、天使。この国を暖かく包み込んでくださっている天使だぞ。さすがだろ、こんな冷血陛下なんてイチコロなんだからな。
「……あの、」
「何だ、もう食わないのか」
「……は、はい」
「お前は痩せすぎだ、もっと食え」
「陛下、それでは皇女様のお腹がパンパンになって破裂してしまいますよ」
「……」
黙り込んでから、ハンカチで皇女様のお口を拭いた陛下。おぉ、流石デービス様だ。
先程からデービス様もうニコニコ顔。その理由は、当然天使様のお陰である。用件があってこちらに来た者達が帰る際、バイバイと手をお振りになる皇女様。もちろん来た者達のハートは撃ち抜かれ、私達もハートを鷲掴みされている。あぁ、何と尊いんだ。昇天されてしまいそう。
今の皇女様は、陛下がお書きになっている資料を覗き込んで頭にはてなを浮かべている。そりゃ、まだ文字が分からないからそうなるわね。ちょっとつまらなくなってしまったのかしら。
「この国、モファラスト国は国内で賄う事の出来る程の生産量がある」
「……?」
「外国からの輸入に頼らず国民が生活出来ているという事だ」
「がい、こく……?」
「そうだ、だが――」
いやいやいや、話の話題がおかしいって。子供に聞かせる話じゃないですって。もっと簡単な話をしましょうよ陛下。皇女様ほとんど理解なされていませんって。
「……来たか」
「はい」
次に持ってこられた資料。この者の表情からして、あまりいいものではないと思われる。一体何があるのだろう、とは思ったけれど……もしかして、これから来る……
「集中豪雨だ」
「しゅ、ちゅ?」
「短い時間で沢山の雨が降る事ですよ」
そう、この国では豪雨がよく降るのだ。それによって洪水が起きる事は当たり前。その為その季節が来る前にちゃんと対策を打たなければならない。
「ラスティン地方の工事は」
「早くて一週間と言ったところでしょうか」
「急がせろ」
皇女様の不安げなお顔。きっと今までに何かあったのだろう。どうした、と陛下がお聞きになると……
「みんな、だいじょうぶ、ですか……?」
そういえば、皇女様が今までいらっしゃった孤児院は、ラスティン地方から近かったような気がする。とすると、きっとその孤児院にも少なからず被害があったのだろう。
「場所を移したから問題ない」
「え?」
「改築する際、洪水の被害を受けない場所に移したのですよ。ですから、院長先生や他の子供達は大丈夫です」
「ほんと?」
「はい、改装も終わり雨にも強い建物になりましたから、外に出なければ大丈夫です」
それを聞いた皇女様は、ぱぁ! と眩しすぎるくらいの笑顔を見せてくださった。やぱい、尊い。尊すぎる……!!
それから皇女様は、クッキーでお腹がいっぱいになっていたのと、よく分からない陛下と王宮の者との会話を聞いていて眠くなってしまったらしい。数十分後には可愛らしい寝息が聞こえてきた。可愛い、可愛すぎる……!!
「お連れしましょうか」
「いや、いい」
「え……」
陛下が、皇女様を抱っこして席からお立ちになった。え、仕事放棄?
全て後に回せ、と一言残して部屋を出ていってしまった。慌てて私達も追いかけたのだ。……え、この道のりって……
予想的中、陛下の寝室だった。え、私達入れないじゃないですか。陛下のベッドに寝かせる気ですか。普通皇女様のお使いになられているベッドでしょ。
とりあえず、お休みなさいませ、としか言えなかった。
……入りたい、すんっっっごく入りたい。あぁぁぁぁぁ皇女様の破壊力抜群の寝顔を拝見したかったぁぁぁぁ!! 陛下の馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!!!!
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