◇8
◇side.テオ
毎日、お城のどこかしらの気温が氷点下となっている。主に皇帝陛下の執務室か、謁見室だ。そう、どこかの誰かさんの周りはいつも氷点下という事だ。最強陛下という二つ名を持った雪男。そして今日は、庭の一部が霜が落ちそうなくらい急激に空気が冷やされてしまった。
どういう事か。庭を散策していらした皇女様と、その雪男がバッタリ出くわしてしまったという事だ。
固まる皇女様、そしてオロオロし出してしまって。きっとどうしたらいいのか分からずにいるのだろう。あぁ、何とお可愛らしい。それだけで凍傷になりかけていた僕の心が一瞬にして溶かされてしまった。
皇女様は、後ろに控えていたカーシルに小さな声で呼ばれていて。小さな仕草で挨拶の仕方を見せていた。あっ! とすぐ同じように挨拶をする皇女様。きっと前に教えてもらって今思い出したのだろう。
「こ、国王へいかに、ごあいさつ、いたし、ます」
あぁ、天使だ。そこに天使がいらっしゃる……! ここは天国か? 天国なのか?
「陛下と呼ぶな」
そんな鋭い一声で氷が一気に割れた音が響き渡った。
は? いや、は? 今この人なんて言った? 陛下と呼ぶなだと? 今の見なかったのか? あんなに可愛らしい挨拶をしてくださったんだぞ? それをお前は陛下と呼ぶなだって? 頭おかしいんじゃないのか? あ、最初からか。失言でした。
「ふぇ……」
ほぉぉら!! 言わんこっちゃない!! 皇女様泣きそうじゃないか!! 天使を泣かせたんだぞ!! この罪は重いぞ!!
「……」
「わっ!?」
「え”っ」
と、思ったら。いきなり持ち上げてしまったのだ。陛下が、皇女様を。いやいやいや、ちょっと待ってください陛下ぁ!? え、このまま? と思ったらちゃんと抱っこし出して。え、何で陛下そんな事出来るんです? と思ったけれどそういえば陛下の目の前で僕皇女様抱っこしたな。それ見て覚えたのか? は? この人本当に何でもできる器用な人だな。ムカつくけど。
何故抱き上げたのだろうかと問いかけようとした時、そのまま歩きだしてしまった。え、待て待て待て、どこに連れてく気ですか。公務の最中ですよね貴方、仕事放り出して遊ぶ気ですかちょっと。一体どれだけ今日仕事があると思ってるんですか。しかもこの後謁見が入ってるんですけど。
「あの、陛下……どちらへ?」
「この後謁見が入ってるのだろう」
「……あの、皇女様は?」
「連れていく」
「えぇえ!?」
いやいやいや、何か悪い事があるのかと言われましてもね!! ちょっと待ってくださいよ陛下!!
「まだ皇女様を公表していませんよ!?」
「ならこれから公表すればいい」
「そうじゃなくてですね! それはしかるべき時にご紹介すべきでしょう! 皇室主催のパーティーでとつい昨日申し上げたではありませんか」
「忘れた」
「陛下ぁ!?」
別によいだろ、といった顔を見せてくる。これはもう何を言っても聞き入れて下さらないだろう。あぁもう陛下!! 何てこと言い出すんだ!! 後処理をするのは僕なんだぞ!! 分かってるのか!!
それに見てみろ!! 皇女様驚かれているじゃないか!! 陛下と呼ぶなと言い出したり、仕事に連れていくと言い出したり!! 我儘言わないでください!! 周りがどれだけ大変なのかいい加減分かってくださいよ!!
……なぁんてことは、口が裂けても言えなかった。さすがにここで死にたくはない。悔しい。
皇女様側の侍女達も、何も言えず10歩くらい後ろから付いていくだけしか出来なかったのである。うん、その距離は分かるぞ。死にたくないもんな。
今、謁見室ではとんでもないことが起こっている。
今日の陛下に謁見を申し出た人物は、この国の貴族。それが文句ばかり言う煩い奴。陛下の前では言えない癖して、自分より下の者には煩く言ってくるのだ。さして高くもない身分をさらけ出してな。
だが、今の奴の顔は青ざめ、戸惑いを隠せていない。
目の前にいる光景に、全然理解が出来ていないのだ。まぁ、僕も出来ていないがな。
今、皇帝が座るべきの椅子。そこには、皇女様が座っていらっしゃるのだ。
え、じゃあ陛下は? と思うだろう。その椅子の手摺りに寄りかかるように座っている。え、これどうすればいいの? 周りに立っている皇宮の使用人達は混乱状態だ。
「あ、の……あ、いえ、わたくし、ロブトン・ラブーシュチェル子爵と申します。恐れながら、貴方様のお名前を、お聞きしてもよろしいでしょうか」
その言葉に、皇女様は先程のようにオロオロと困っている様子。おいおいこれどうするんだよ。
「娘だ」
「え”っ」
「で?」
いつものように殺しそうな眼光を見せつけられた子爵。カタカタと身体を震えさせているが、これはいつもの事である。こんな小さな女の子がいるところで仕事の話をしてもいいのだろうかと思っていたのだろう。
だが、きっと物騒な話をしたら殺されるのではないだろうか。とも思ったはず。さて、どんな話を持ってきたのだろうか。
「い、以前申し上げました、今現在空席となっております、皇妃の座について……」
うわぁ、こっわ。顔、顔が怖いですよ陛下。皇女様がそこにいらっしゃるの分かってますか。
「ま、まさか陛下に娘がいらっしゃったとは知りませんでした。それでしたらなおさら、新しい皇妃様を迎えたほうがよろしいかと思われます。皇女殿下のようなお年頃の子供には母親という存在が必要となってくる時期です、か、ら……」
「……」
サァァァァ、とした音がした気がした。いきなり氷点下になっちゃいましたよ。え、機嫌損ねちゃいました? いや、分かってたけど。でもあの子爵そうなるって分かってて性懲りもなくまたこの話を持ってきたな。
奴には、確か17歳の娘がいる。どうしてもその娘を皇妃の座に就かせたいらしい。だが、陛下はそんな気は更々ない。
「……欲しいか」
「え”っ……?」
え、ちょっと待ってください。今、皇女様に聞きました? え、何で皇女様に聞くんです?
そして皇女様は……青ざめた顔でフルフルと顔を横に小さく振っていた。あーあ、これで急激に上がってた株が爆下がりだな。ドンマイ、陛下。
「だ、そうだ」
「で、ですがそれは今……ヒッ!?」
「くどいぞ」
あ、機嫌悪くなっちゃった。終わったな、子爵。
「毎回毎回、皇妃皇妃と煩い。お前の頭の中は皇妃という言葉しか入ってないのか」
「あ、いえ、そのようなことは……」
「それほどまでに、自分の娘を皇妃にしたいのか。だが、父親がこれではもし選ぶ事になったとしても候補にすら入らんぞ。――ヨーゲルシュラインツォ」
「ッ!?」
「私が気付かないとでも思ったのか。よく、私の収める国で手を出したな」
〝ヨーゲルシュラインツォ〟
それはとても希少な鉱石だ。だが、陛下が皇帝の座に就いてからその鉱石を採掘する事を禁じている。
その鉱石には毒物が含まれている事を突き止めたからだ。数十年前からその鉱山近くにある町や村で突然死が頻繁に起こっていた。その鉱山の近くに流れている川にその鉱石の毒物が混ざってしまっていたのだ。
その鉱山は全てこの皇室が没収したのだが、偶然子爵が見つけたのだろう。
「禁じられた鉱石を売っていたそうじゃないか。どうなるか、馬鹿なお前でも分かるだろう」
「あ……あぁ……」
腰に下げていた、剣を手にした陛下。いやいやちょっと待て。そこには皇女様がいらっしゃるんだぞ!! 何をしようとしてるんですか!! いつも通りだけどさ!!
「衛兵ッ!!」
「え”!?」
慌てて僕が待機していた衛兵を呼んだ。何のつもりだと陛下に睨まれてしまったが、気付いたようだ。剣を握っていた手を離してくれたようで。はぁ、よかったぁ。
「牢に入れておけ」
いやいやいや、物騒な言葉を出さないでください!! 皇女様に聞かせちゃいけない言葉ですよ!! もう色々アウトな気がしますけど!! ほら!! 皇女様泣いちゃったじゃないですか!! 持っていたクマさんで顔隠しちゃったじゃないですか!! 陛下のアホ!! 馬鹿!! 父親失格!!
「皇女様!!」
「おい」
「待ったぁ!!」
椅子に座る皇女様の前に膝を付いた。大丈夫じゃない事は分かっているけれど……
「大丈夫ですよ、皇女様。怖かったですね、でも悪い奴は連れて行きましたからもう安心して大丈夫ですよ。ほら、僕もカーシルもいますし、陛下もいらっしゃいますから、もし悪いやつが来ても大丈夫!」
「……」
……あれ、駄目だった? 反応してくれないぞ。というより、そこの張本人。その痛い視線はやめて下さいよ。ちゃんと陛下の株も上げてあげたんですから文句言わないでくださいよ。
「……ほん、と?」
「!? はい! 本当ですよ!」
ちょっと顔を出してくださった皇女様。あぁ、目が赤くなってしまって……でもそう聞いて下さって本当に嬉しいですよ。これで落ち着いたか?
あ、やばい。隣の人がもっと不機嫌になってきたぞ。これは非常に危険だな。僕が。僕の命が。
「しかも、陛下は本当にお強いんですよ! 悪いやつをすぐにやっつけちゃうんですから!」
「……すぐ?」
「はいっ! とってもカッコいいんですよ!」
僕の話をちゃんと聞いてくださったのか、ぱちぱち、とまばたきをしたあと上を見上げて陛下の顔を見た。変な顔してないだろうな、睨まないだろうな、と心配していたけれど、あ、全然心配いらなかった。真顔ではあるけれど、よーく見てみたら困ってるぞこの人。
周りから褒められることはざらにあるけれど、何時も呆れ顔。だが今回は全然違う。あの皇女様だぞ、天使だぞ! その天使様にちゃーんと陛下は善人だとお教えしたんだぞ! 少しは感謝してもらいたいんだが。
「……戻るか」
「は、はい。へいか……あっ!? ご、ごめんなさ…」
「いい」
……ん? さっき、陛下と呼ぶなって言ってませんでしたっけ?
その、だな……と濁らせている。一体何を……あぁ、なーるほど。そういう事か。
内心ニヤニヤしつつ、皇女様に耳打ちをした。そして、呼んであげてください、と。
恥ずかしいのか、もじもじした様子の皇女様。何と愛らしい事。女神だ。
「……お、お……
「……」
「と、および、して、いい、ですか……?」
顔が真っ赤ですよ皇女様ぁぁぁぁぁぁ!! 可愛い!! 実に可愛らしい!! 天使!! 羽根が見えるぞ!! はぁ、絵画に残したい。けどきっと世界一の絵師でもこの皇女様の愛らしさを表現する事は絶対に出来ないと思う!!
「……許可する」
いや、そこは正直になりましょうよ。折角皇女様が恥ずかしがりながらもお父様って呼んでくださったんですよ? そこは、ね? もう呼んでくれなくなっても僕は知りませんからね?
……てか、嬉しそうなのバレバレですけど。
次の方をお呼びしてもいいでしょうか、との衛兵のその視線に、待ったをかけた。いや、ここで台無しにしちゃダメでしょ。
「戻るぞ」
「え”?」
またまた皇女様を抱っこをし出した陛下。いやいやいや、貴方はここに残らなきゃいけない人でしょ。何仕事放り出そうとしてるんですか。
「牢にぶち込んでおけ」
「……」
……行ってしまった。おい、国王陛下様。そんな仕事を雑にしていいんですか。まぁ最初から牢屋にぶち込むつもりではあったけれどさ。
「……まぁ、いっか」
「デービス様!?」
もう、あとの事はあとで考えよう。そう頭から追いやって陛下を追いかけたのだった。
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