第2話

 鳥族は長い髪を誇りとしている。だからこそ、結び上げる事をあまり好まない。公式の場では冠を付ける程度で、髪を流したままにするほど。 

 ラズハイドの言う「口うるさい連中」がいるのなら、アップスタイルはやめるべきだ。

 なら……と私が選んだのはハーフアップスタイルだ。

 しかし、サイドは細かく編み込み、まとめ上げた先端にラズハイドが好むきらきらしたビーズを通す。

 さらに後ろには、ラズハイドの羽を花のようにまとめたものを飾って見せた。

 ラズハイドは派手な方が好きだから、これくらいやっても大丈夫でしょ。


「さすがマチルダだ。古くせえ慣習を守りつつもしっかり派手だ。これなら文句の付けようがないな」


 一目で気に入ったとわかるラズハイドの反応に、私は肩の力を抜いた。

 ラズハイドは案外厳しい。伝統や慣習に関してだめな部分は真っ先に教えてくれる。

 以前、髪飾りを着けようとした時には、はっきりと悪いものと良いものをたたき込まれた。

 

 生花は妥協の範囲、鉱物の場合、加工は最小限のもの。

 動物のましてや鳥の羽はもってのほか。

 そうよね。自分の羽を髪飾りにするのがやっと受け入れられたくらいだもの。当然よね。

 

 妥協がないからこそ、私も自分の全力をかけて挑み甲斐がある。

 なにより、彼が私の手でさらに美しくなるのは嬉しい。

 髪型の出来映えを確認するラズハイドを眺めていると、彼が私に近づいてきた。


 ドキリとして硬直すると、彼の手が私の髪を滑る。


「着飾らせるのは上手いんだから、自分を飾っても良いんじゃないか?」


 至近距離で囁いたラズハイドは楽しげな顔で頭をさして見せた。

 我に返った私が距離を取りながらも鏡を見ると、そこには青とオレンジをした羽が一本飾りのように差し込まれていた。

 またやられた。と思った私はジト目でラズハイドを見返した。


「なんで執拗に羽を渡してくるのよ」

「俺の都合」


 彼はいつからか、ことあるごとに私へ羽を渡してくるようになった。

 鳥族にとって自分の羽は自慢だ。だから美容院にすら抜けた羽を置きたくないらしく、大抵の鳥族は自分で持って帰る。 

 だが、ラズハイドは良さそうな羽だけは、私のところに置いていくのだ。


「でも、羽ってあなたの一部じゃない? 言わば私があなたに髪を渡すようなものだし……」

「だからいいんだよ。それに、俺の羽は良い色をしているだろう?」

「……たしかに、綺麗だけど」


 もらった羽は全部自室に飾っている位には、彼の鮮やかなオレンジと青を気に入っていた。

 私が渋々同意すると、ラズハイドは笑みを深めた。


「今回のは君に似合うと思ってさ。気が向いたら身につけなよ」

「べつに私は良いのよ、最低限で。お客様を綺麗にするのが私の仕事なんだから」

「んじゃ俺だけが君を飾るってわけだ。ますます良いね」


 そういうことでもない! と言い返す前に、ラズハイドはひらりと手をふって去ってしまった。

 ため息をついた私は、疼くような気持ちを持て余すしかない。


 ラズハイドは当たり前のように店に来て、私が困るたびになんてことない顔で助けてくれる。

 自信家な面はあるが、警備隊の面々が彼を慕っていることを私はよく知っていた。

 面倒見が良いのだ。たった一人で見知らぬ土地に放り出された娘を、今でも気にかけてくれる位には。

 

 そんなラズハイドの人気が高いことは、店でのおしゃべりを聞いていればわかる。

 幾多の女性と浮き名を流していたようなのも。

 獣人の美意識が少々違うようでも、鳥族の中でもラズハイドはやはりイイ男に見えるらしい。

 そりゃあそうだ。彼の役職を詳しく知らずとも、かなりの仕事ができることくらい知っている。

 毎日のように時間を作って美容室に来られるなんてその最たるものだ。

 獣人は他種族同士でもかなりおおらかに恋愛をするようだけど、人間が恋愛対象なのかはわからない。


 ……いいや、ちがう。自信がないのだ。

 結局は他国者の私が、勘違いをしてしまうのが怖い。


 受け入れてもらっていると感じていても、私は獣人を差別する国にいた。

 そんな国からもあっけなく追い出された私にどれだけの価値がある?


  みんなが受け入れてくれているのはわかっている。

  ここに居たいと思えるほど。

 それでも、追い出されたという過去が、ラズハイドに想いを育てられない理由だった。


「ふふふ、侍女時代もこうしてうじうじ悩んでる間に、手柄を全部同僚に取られたのよね」


 でも性分なのだから仕方がない。

 ここに居たいからこそ、ラズハイドに想いを告げて変化するのが怖い。

 朝日の中で、手に持つ羽が艶を持つ。

 見れば見るほど美しい羽だ。今まで貰った羽も全部、部屋に飾ってある。

 今日使った羽の髪飾りも、もらった羽で作ったものだ。


 ……うん。ラズハイドも自分に使ってもらうために私に渡しているかもだし。


 でも、ラズハイドは自分を飾っても良いんじゃないか、って言ってこの羽をくれた。

 今までもらった羽よりも小さくて、あまり目立たなそうだ。もしかしたら、誰も気づかないかもしれない。

 

「……身につける。くらいなら、いいかな」 

 

 髪型の見本にもなるかもしれないし。

 色々理由を付けはじめた自分に苦笑する。だって、好きな人に贈り物をもらって、浮かれないわけないじゃないか。

 鏡に向き合った私は、自分の茶色い髪にそっと青々とした羽を編み込みはじめた。






 結論から言うと常連さんに速攻ばれた。


「マチルダ! それラズハイド隊長の羽じゃない! ようやく身につける気になったのね!」

 

 祝福するように拍手してくれたのは、私が初めて羽を編み込んだ女性、タリィだ。

 真っ白に近いクリーム色と金色がかった茶色から、年月を重ねたオークのような深い茶色のグラデーションが美しい翼を持っている。

 日に透けるような淡いブロンドの髪はもう綺麗に伸び揃っている。

 だけど、タリィは私の美容院の常連としてはもちろん友人としておしゃべりに来てくれていた。

 

 その彼女は嬉しそうに、私のお団子髪に差し込んだ青い羽根を、眺めている。

 

「ねえ、今日はこの髪型にして欲しいわ。きっちり固定すれば、髪が解ける心配もなさそうだし」

「かしこまりました。濃い色の羽が良いと思うけど」

「じゃあこの羽で! にしても今日この日にかあ。しかもこんな良い羽をね。私が一生懸命おしゃれを進めても頷いてくれなかったのに、どういう心境の変化?」


 流れるように今日の装飾羽を渡してくれたタリィだったが、話題はそらしてくれなかった。


「べつに、今日はラズハイドがわざわざ髪に挿してきたから……仕方ないな、と思って」

「あの隊長が髪に挿して!?」


 タリィは目をこぼれんばかりに見開いていた。そんなに驚くことある?

 私の常識では男の人にわざわざ髪飾りを付けられるなんてことはないけど。

 鳥族は結構距離は近い。髪飾りを直し合ったり、仲のいい人同士だと髪を梳かし合ったりする光景は美容院でもよくある。

 だから特に他意はないと思っていたのだけど、この様子だと違う?


「タリィ……髪に挿すってどんな意味があるの?」

「い、いやぁ獣人の常識についての教育はラズハイド隊長が受け持っているのだし……私が答えると隊長になにされるかわからないし」


 私が髪を梳かしながら問いかけても、タリィはごにょごにょと言葉を濁す。

 これは何かある。

 ただ、タリィは上司であるラズハイドに頭が上がらない。きっとこのまま問い詰めても口を割らないだろう。


「大丈夫大丈夫! 身につけちゃいけないってわけじゃないし、むしろあなたにとってとても良いことだからさ」

 

 タリィはそう答えてくれたけど、常識がわからない中では自分が知らないことはとても怖いことだ。 

 どうやって口を割らせるか、私が考えていると店のドアが開いた。

 来店したのは、頭頂部に三角の犬耳を持った青年だ。

 腰のあたりには赤みがかった深い茶色い尻尾がぶわっと膨らんでいる。

 毛並みと同色の髪をした彼もまた、この店の常連の犬族、イステラだ。

 ごわついた艶のない毛並みがお悩みだったのだが、私が専用の油を調合しブラッシングを指導したお陰で、素晴らしい毛並みに生まれ変わった。以降ことあるごとに来てくれている。

 ただ今仕留めたばかり! と言わんばかりの魔物の死体を持ってこられた時に悲鳴を上げてしまって以降、距離のあるお付き合いになっている。

 

 あとでさばいて食べると美味しい魔物だったと聞いて、親切で持って来てくれたのだと誤解は解けたんだけど。さすがに魔物をさばく技能は持っていないので、謝罪の上で改めてお断りした。

 

 その時のような衝撃を受けた顔をして、彼は私の髪に挿してある羽を指さしている。


「あ、ああんた……そ、それ……! ラズハイドの野郎の……!!!」


 獣人はどうしてみんな目が良いんだろう……。せっかく見にくい位置につけたのに、としょんぼりつつも、開き直って答えた。


「うん、ラズハイドに付けられちゃってね。まあ綺麗だからいっかってそのままにしてあるのよ」


 私の恋心なんて関係ない。ただ綺麗だから身につけたままにしているだけ。そういうことにしたのだ。

 けれどイステラは、泣きそうだった顔を一変させると、ずかずかと詰め寄ってきた。

 その形相に私は思わずタリィの髪を梳く手を止める。


「あんた知らないんだな。今日だから身につけたってわけじゃないんだな!?」

「え、そう、だけど、どういうこと? 今日何があるの?」

「イステラ! しっしっ!」

「こんなのフェアじゃねえだろ!」

 

 念を押す確認に私が戸惑っていると、タリィが慌てて指を口に当てて黙らせようとする。

 けれどタリィの制止を無視してイステラが話す方が早かった。

 

「いいか、鳥族では犬族の俺の毛並みくらい翼が重要視されているのは知っているだろ」

「それは、もちろん」

「その自分の一部とも言える羽を他人に身につけさせることなんて、本来ならあり得ないんだ。許可無しに身につけたらぶっ殺されても文句は言えない」


 すっと私は血の気が引いた。もしかして、私はとんでもないことをしたのではないか。


「わ、私、知らなくて……」

「ああそうだろうよ。そうじゃなきゃあの鳥野郎がこれ見よがしに渡す羽を人間のあんたがほいほい受け取るわけがない。わかってるよ。羽を渡して身につけさせるなんて、求愛行動というより独占欲丸出しの変態行為だ」

「……え?」


 イステラが苦々しげな言葉に、私はぽかんとした。

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