追放されて獣人の国に来た令嬢ですが、鳥族のイケメンがやたら羽をくれる。

道草家守

第1話

 私はマチルダ・サルメント。

 

 サルメント子爵令嬢であり、中央大陸の花と呼ばれるハイデ王国で王女殿下付きの侍女をしていた。

 今は……人族からは「蛮族」と恐れられる獣人の国で、なぜか美容院を営んでいる。



「よお、マチルダ。今日も頼むよ」


 朝一で店を開けると同時に現れた男に、私は今日も目が潰れる。

 毎日飛ぶことで日に焼けなめし革のような肌に、翡翠の輝きを持つ瞳。

 波打つ黒々とした髪は、私の常識からすれば男性としてはあり得ないほど長いが、彼の華やかな美貌にはとてもしっくりくる。

 ただ、彼の絶世の美男子ぶりと同じくらい目を引くのは、その背に負う鮮やかな翼だった。紺碧の夜空のような深々とした青のグラデーションに、朝焼けのオレンジが層のように連なるそれは、表面にある光沢と相まってそれは美しい。

 このどこかの宗教画に描かれていてもおかしくないような造形が、目が潰れそうな理由だった。

 彼はラズハイド、鳥族の青年であり、常連客であり、私がこの獣人の国ゼーンギル連合国にいられるようにしてくれた恩人だ。

 私は目を細めながら、彼へ椅子を勧めた。

 

「おはようございます、ラズハイド様。いつもの感じでよろしいでしょうか?」

「いいや、今日はちょっと派手に行きたいね。ただ口うるさい連中もいるから鋭角ギリギリを狙ってくれ」

「鋭角ギリギリ……髪型の注文でそのような単語をだすのはラズハイド様くらいで……っ!」


 ラズハイドが急に私の顎を掬い上げたことで、止めるしかなかった。

 鳥族独特の黒々とした目がすいと細められる。


「ラズハイド、だ。ゼーンギルではある程度親しくなったら名に敬称なんて付けないと教えただろう? 敬語も無しだ」

「……ラズハイド、悪かったわ。人間の国では、異性の名前を呼ぶことなんてなかったから」


 言い直すと、ラズハイドは翡翠色の目を満足げに細めた。


「だから俺が獣人の常識を教える。君は俺の髪を飾る。立派な等価交換だ。まあ、本来ならラズ、と呼ぶのが一番なんだが。君はとても慎重なようだから、段階を踏んでやろうな」

 

 えらそうなのがちょっぴり腹立つけれど、それはそれで助かっているので文句はない。

 ようやく顎から指を離してくれたラズハイドは、悠々と自分のお気に入りの席に座る。

 

 鳥族の彼を含めて、獣人の人々は距離がとても近い。

 故郷では異性とふれあうどころか、会話することも少なかった中では、戸惑うことも多い。

 鳥族の男性が髪を長く伸ばすことも、初めは驚いていたくらいだし。

 だから、私をゼーンギル国へ導いてくれたラズハイドが教育役を買って出て、私に獣人の常識を教えてくれていた。

 数ヶ月経った今では、だいぶ慣れたとは思うけれど、きっとまだまだ知らない常識がいっぱいある。


「今日の羽はこのあたりを使ってくれ」


 ラズハイドから羽を渡されて、私は我に返った。

 いけないいけない仕事の時間だ。

 解放された私は、高鳴ってしまう胸をなんとか押さえながら仕事モードに切り替えた。

 鏡越しにラズハイドの期待に満ちていた翡翠の瞳と視線が絡む。

 今日はどんな髪型にしてくれるかと楽しみにしてくれている。

 その瞳を見るだけで、私も指先が疼いてくる。

 王女サマに仕えていた時にはなかった昂揚だ。

 ラズハイドの豊かな黒髪も、飾りに使う羽も材料として申し分ないものだ。

 うん、よし。今日も綺麗に結ってやろう。

 私は櫛を手に取って、作業を始めた。


  

 *


 

 私が侍女として仕えていた王女殿下は少々……いやだいぶわがままでいらっしゃった。

 がそれをかき消す美しさで、彼女を着飾らせるのはなかなかやりがいのある仕事だった。

 しかしある日王女サマのお気に入りという名の愛人に、「粉をかけた」と言いがかりを付けられたのが運の尽き。

 木っ端の子爵令嬢、しかも侍女とはいえ下っ端中の下っ端に弁明の余地などなく、あれよという間に国外追放されてしまったのである。

 しかも、ご丁寧に友好国への通行を禁止されて。

 

 ……え、つまり国外に出て死ねと。


 王女サマ、前から水瓶を三階まで持ち運んでくるメイドを愉快そうに眺めていたけれど、つまりあれ、勘違いでもなんでもなく、人が苦しむ姿が娯楽なタイプな方だったのね……。

 

 うわーーー王宮こわいなーーーー解雇されてよかったなーーーー!

 やけくそぎみに叫ぶくらいしかできることはない。


 世の世知辛さを思い知ったけれど、幸いなのはお父様お母様が連座にならなかったことである。

 でも助けたとわかったら、せっかくの子爵位を返上することになる。

 助けの手を断った私は、ちょっとでも生き延びる確率が高い行き先として、東にある獣人の国ゼーンギルを選んだのだ。


 南と北は封じられ、西は戦争中。行ったら良くて殺され、悪くて手込め。

 東しか選択肢になかったのだが、一番は王女サマにこう言われたからだ。 

 

『他人のものを奪う獣のようなあなたは、獣の国がお似合いだわ!』と。


 ハイデ王国は人間至上主義で、他の種族を完全に排除している。だから私も獣人の国の様子はうわさにしか知らなかった。

 毎日裸同然で暮らしているとか、領地に入った人間は地の果てまで追いまわしてなぶりものにするとか。獣同然の暮らしぶりで、とうてい中央大陸と比べるべきもない未開の土地、だとか。

 

 ……けれど、全部伝聞だ。確実に戦争している西よりはずっと良い。


 その喧嘩、受けて立ってやろうと私は自分の仕事道具一式だけを持って、隣国のキャラバンに同乗した。


 だけど、キャラバンが盗賊に襲われるとは思わないじゃない?


 自分の運の悪さをとことん呪いながらも、死か手込めかと覚悟した時に助けてくれたのが、国境の警備を担当していたラズハイド率いる警備隊だったのだ。

 後にも先にもあんなに怖くて美しい光景をみることはないと思う。

 

 彼ら鳥族がそれぞれの翼を広げて空中から弓を放ち、槍を構えて滑空してきたさまは、自分の死を容易に想像させたし、日に照らされる翼はどこまでも鮮やかだった。

 ただ、彼らが背に翼を負っている性質上、背中が完全に開いている服装で目のやり場に困ったのも鮮明に覚えている。

 

『人間のお嬢さんには刺激が強いらしいな! むしろ見せつけないお前達の方がもったいないぞ』


 なんて初対面のラズハイドにも、笑って揶揄われた。

 獣人という種族に戸惑いと偏見があった私は、助けてくれて感謝こそしても、それ以上近寄ろうとは思わなかった。彼もあくまで仕事だからというそんな態度だった。


 風向きが変わったのは、助けてくれた警邏隊員の女性の髪がばっさりと切れていたのを見つけた時だった。

 どうやら盗賊との乱戦中に切られてしまったらしい。

 それはしょうがない。鳥族の人は男女ともに髪を長く伸ばして背に流していたから。

 

 ただ、この世の終わりのような顔で青ざめていたのを見ていられず、私は切られた部分が目立たないよう編み込み、彼女の抜け落ちた羽を借りて飾り付けたのだ。


『あなたの羽はとても美しいから、そのまま飾りになりますね』


 私がそう言った途端、その女性隊員は顔を真っ赤にしたけど。

 鏡を覗き込んだ瞬間、喜んでくれたのは間違いない。

 

 我ながら良い感じにできたと思ったら、その場にいる鳥族全員が食いついた。

 なんでも鳥族は自分の髪を翼と同じように誇りとしているけれど、だからこそ髪を何かで飾ろうと思わなかったのだという。

 髪飾りなんてもってのほかみたいなのが常識だった。

 つまり、私が思いつきでした「自分の羽で飾る」というのは、彼らにとって青天の霹靂のような衝撃だったのだそうだ。


『ほう、国外追放されてゼーンギルに? ならうちに来い。あ? 人間に偏見? 人間と違って獣人はもともと多種族の寄せ集めだ。外国人だなんだってめんどくさいことはいわねえさ。美容室やるんなら俺が出資してやるよ、代わりにVIP権よこせ。儲かるかもわからないのに大丈夫かって? 鳥族全員押しかけるってわかってんだから問題ねえよ』

 

 押しの強いラズハイドの笑顔に押されて、私は彼らの駐屯する街で、あれよという間に美容院をひらくことになった。

 ちなみにキャラバンが無事に街にたどり着くまで、ラズハイドを始めとした全員の髪を結い上げる羽目になったのは余談である。

 ほんっとーに疲れた。けれど、警備隊の人達がとても喜んでくれたからこそ、私はラズハイドの申し出を受けられたのかもしれない。

 獣人の国ゼーンギルは、ハイデ王国と遜色なく栄えた国だった。

 ともすれば、ハイデ王国よりも栄えているかもしれない。

 

 ハイデ王国で言われていたような、蛮族でもないし、領地に入った人間は地の果てまで追いまわしてなぶりものにもしない。人間は珍しいらしくちょっと驚かれるけど、それだけだ。

 

 見知らぬ土地、見知らぬ種族、常識も全然違う国で、ただ侍女をしていた私が店を開くなんて、もちろん大変なことも沢山あった。失敗なんて数え切れない。

 けれど私が店を開くと、鳥族の隊員達は毎日のように来てくれたし、彼らの口コミで鳥族のお客さんは増え続けた。


 ほかの種族の獣人達も、独自のおしゃれができないかと相談しに来てくれるようになった。

 ハイデ国に居た頃は、着飾らせるべきは王女サマだけで、美しくなることがあたりまえの彼女からお褒めの言葉を頂いたことはない。こんな風に多くの人が喜んでくれることなんてなかった。

 ああ、私は喜んで欲しかったのだと、はじめて気づいた。


『君は人を美しくするのが心底楽しいんだ。なら俺みたいな腕の振るい甲斐がある人材逃す手はないだろ? 俺も君を逃したくない。Win-Winってやつさ』

 

 ある日ラズハイドに言われて、腑に落ちた。

 この国に来て良かったと、ようやく思えた。

 美容院は順調だ。もうハイデ国に戻るつもりもない。

 だけど私は、落ち着いて来たからこそ、だんだん育っていく感情を自覚するようになってしまっていた。

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