CTHULHUの呼び声
君河武彦
1.粘土に刻まれた恐怖
(故フランシス・ウェイランド・サーストン氏の遺稿より ボストン)
「このような大いなる力や存在は、恐らくは今も命を繋げている……遥か遠い時代からの生き残りであり、その時代には……意識が、
――アルジャーノン・ブラックウッド
1.粘土に刻まれた恐怖
私が思うに、人の子に与えられた最大の恩寵とは、自らの全てを解り合えない、この特権だろう。人のみが、果てなき黒い海のただ中に浮かぶ無知と平穏の島に住まうを許され、遠洋へ船出することなど想像だにしないできた。科学は、様々な方面にたゆまぬ進歩を遂げたものの、未だこの特権を失わせるほどにはない。しかし、いつの日かばらばらにある知識の断片を組み合わせ、真実の景色を目の当たりにすれば、私達の置かれた現実の在り様が
神智学者達は、人の織り成した歴史など極めて微細な出来事に過ぎないと言えるほどの、壮大な宇宙の営みの素晴らしさを推し測ってきた。彼らは、血も凍るほどの恐ろしい奇怪な存在が世界のどこかで息を潜めていることを、あまりにも楽観主義的に彩られた言葉で示唆してはいた。しかし、私を、思い描くだけで戦慄させ、夢に見る都度に狂わせる
私がそれを知ったのは、1926年から1927年にかけての冬、ロードアイランド州プロビデンスにあるブラウン大学でセム語の名誉教授だった私の大叔父ジョージ・ガメル・エンジェルがついに天へと召された時だった。エンジェル教授は古代の碑文の権威として高名で、しばしば名のある博物館からの委託を受けていたほどだった。ゆえに、92歳で大往生を遂げた彼は多くの人々の思い出の中に残り続けることだろう。地元では、不確かな死因で騒がれもした。教授がニューポートの港で船を降りてウィリアムズ
子のいなかった大叔父の相続人兼遺言執行者として、私には彼の遺品整理をする必要があった。その一環で、彼の遺した研究資料や何やら入っている箱などの
象形文字のようなものが刻まれていた、またその上には明らかに絵図と思しきものもあった。しかし、どうにも印象派的な表現のせいで、何を表しているのかさっぱり理解出来なかった。おおよその見立てで述べるなら、それはある種の怪物あるいはそれを示す
この珍奇な代物には手記が添えられており、それは記事の切り抜きの
それでまずは第1部の内容だが、これは非常に突飛な話だった。1925年3月1日、神経質で陰鬱そうな印象の細身の青年が、出来立てらしく水気を含む粘土製
教授の手記によれば、訪問早々この彫刻家は、
「ええ、確かに新しいですよ。だってそれは、僕が昨晩、夢の中で作り上げた物ですからね。奇妙な都市の夢でした。
彼はそのまま、眠っていた時に体験したという出来事を取り留めもなく語り始めたが、その内容が私の大叔父の忘れていた記憶を呼び醒まし、熱狂的関心に駆り立てることとなる。前夜に発生していた、ニューイングランドでは数年ぶりの大きな地震が、ウィルコックスの想像力に強い刺激を与えたのかもしれない。彼は夢で見た、巨人級
このまともでない綴りの言葉がエンジェル教授を
手記は続く。3月23日、ウィルコックスが消息を絶つ。滞在先に聞いてみると、彼は正体不明の熱病に襲われウォーターマン
4月2日午後3時頃、ウィルコックスの症状が突然すべて消えた、跡形もなく。彼はベッドで起き上がり、自身が実家にいることに驚いた。そして3月22日の夜以降、現実にしろ夢の中にしろ、何があったのかがまったく記憶にない様子だった。診断の結果、彼は3日後にはフルール・ド・リスの自室に戻った。しかしその事は、エンジェル教授にとって何の救いにもならなかった。彼は回復とともに、これまでに見ていたすべての夢のことも忘れてしまっていたからだ。それでも大叔父は彼の夢見の記録を試みたが、ごくありふれた内容しか聞き取れず、1週間ほどでやめてしまった。
手記の第1部はここで終わっている。だが、乱雑に入れられていたメモ書きの中には関連していそうなものも幾つかあった。私はそれらを手懸かりに、さらに考察を巡らせた。実際、私がここまでする訳を説明するなら、それは挙動不審な芸術家に対する疑惑の追及、としか言い様はない。ここで
そんな意に沿った返答は、芸術家や詩人といった方面の人達から得られたのだが……彼らがこのメモ書きを見てしまったら、恐慌状態を引き起こすところだ。記録原本の無いこともあって、編者が自らに都合良く解釈を、あるいは相手がそんな返事をするようになかば恣意的に導いてしまった、という可能性は消しきれない。それもあって、私はウィルコックスがどういう
先述したように、新聞の切り抜きは一時期における集団ヒステリーや、精神異常か奇行の
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