元王妃は結婚より自由と焼き菓子をご所望~縁談を断わってきたはずの相手が激甘なので抜け出せません~
大森都加沙
王宮からの脱出
「わたくしが声を掛けるまで決して中に入ってはなりません」
『元』王妃らしい威厳を見せて神官たちに言い渡し、わたしは用意された控室に入った。部屋に入ろうとしていた神官たちは恭しく畏まって後ずさり外から扉を閉めた。
扉越しに聞き耳をたてて部屋の外の様子を探ってみると、廊下から今後の段取りを打ち合わせるような小声と衣擦れの音が聞こえた。
(――よかった、怪しまれていないみたい)
たった今、国王陛下との婚姻を解消し、さらにこの後すぐに顔も知らない男性と婚姻を結ぶことになっている。『一人になって心を落ち着けたい』と控室に閉じこもるのは不自然ではない行動だと思う。
わたしは普段よりも緩やかな動きで窓辺に近寄った。婚姻解消の儀式の為に準備された黒いドレスは無駄な装飾が多く、動くたびに大きな衣擦れの音をたててしまう。神経を使いながらやっと窓辺にたどりつき、慎重に窓を開けた。
風が一気に部屋に吹き込み『ガタン』と扉を揺らした。
心臓が飛び跳ねる。外の様子に聞き耳をたてるが、相変わらず神官の小声だけが聞こえてくる。どうやら神官たちは、わたしの心が落ち着くように廊下で祝詞を唱えてくれているようだ。
(大丈夫ね⋯⋯)
窓から外を確認した。春の風は強い。今日は天気が良く、遠くまで景色を見通せる。
王宮の敷地内に建てられている神殿は宮殿よりも背が高く、その神殿の最上階にあるこの部屋からは塀の向こうの街まで良く見える。窓の向こうには、宮殿と渡り廊下でつながる大きな図書室があり、その向こうに少しだけの木立、さらにその先に王宮をぐるりと囲う塀が続いている。
見える範囲では塀を警備する衛兵はいない。
(せーの、はい!)
わたしは思い切って窓から飛び出し、青い空に身を投げ出した。
◇
国王陛下との婚姻解消と次の婚姻について聞かされたのは18歳の誕生日だった。
前触れもなく部屋を訪ねて来た父が、決まったことだけを一方的に伝え、わたしに返事する機会すら与えずに『細かい事は追って指示を出す』とだけ言い捨てて去っていった。素晴らしい誕生日の贈り物。
間髪をおかず父の従者経由で、やるべき事の連絡が来て、この話は終了。その日も、その後も夫である国王陛下とは一言も話をしていない。
わたしが国王陛下のもとに16歳で嫁いでから2年。一夫多妻が許されるこの国では、順番が早い妻ほど表に出ることが多く、8番目のわたしは公務をほとんど行っていなかった。社交の場も好まなかったので出ていない。陛下のお眼鏡にもかなわなかったので、夫といっても陛下とはこの2年で数回しか話をしたことがない。
そんな調子だから、宮廷での影響力は全くなく、子を成すこともなかった。
宰相である父は、どのお妃のところにもまだ誕生していない王太子を望んでいたので、わたしは期待外れだったのだろう。妹をお妃に再び据えると言っていた。ちなみに父には妻が16人、息子6人、娘が35人もいる。
わたしは功績があった臣下に下賜するという名目で王妃から退けられることに決まっていた。その新しい夫になる臣下とやらの事は、婚姻を結ぶ儀式を行う今日に至るまで名前しか聞いていない。わたしから会いたいと言わなかったし、恐らく先方も会うことを望まなかったのだろう。
(どうせ、結婚するつもりないもの)
王宮を脱出して平民として街で暮らす。父から話を聞いた時にわたしは決断した。
このままこの先も『物』のように人手を渡っていく事になるのだろう。国王陛下は幸いわたしに関心がなく自由にさせてくれたけれど、次はどんな主人にあたるか分からない。
(お母さまのように、閉じ込められて生涯を終えるのは絶対に嫌)
母は父の意に添わなかったため、幽閉されたまま若くして鬼籍に入った。母の事を考えると地面からせり上がって来る闇に飲み込まれてしまいそうだ。大げさだと思われるかもしれないが、人間としての尊厳を守るため王宮から脱出したい。貴族の暮らしへの未練なんてかけらもない。
(<香力>があれば、どうにかなる)
簡単な計画だ。王宮の敷地をぐるりと囲んでいる塀を飛び越えて街に出る。そして街で平民として暮らす。いずれ何かしらの仕事を見つけるとして、身に着けているドレスと宝石を売れば当面の生活は出来るはず。
(とにかく王宮さえ脱出できれば)
そのために<香力>を使う。
<香力>とは産まれた時に神から授かる力で、人の生命エネルギーのようなものだ。放出すると、風、炎、水、を操ることができるが強さは天性のもので、後天的に鍛えることが出来ない。
わたしの取柄は<香力>が飛びぬけて強いこと。だから父の35人の娘の中から王妃として選ばれた。
この<香力>で風を操れば塀を飛び越えて街に行くことが出来る。新しい結婚の話が出てからずっと脱出の機会を狙っていたけれど、一人になれるのは寝る時くらいしかなかった。さすがに夜中に寝間着で逃げ出すわけにはいかない。
『神殿の高い窓』『強い風』『一人きりになれる』良い条件がそろった今が最大のチャンスだ。
◇
(風はいい調子!)
窓から身を投げ出して<香力>を放出して風を捕えた。その風を操って下から吹き上げて体を支える。ドレスが見苦しく乱れないよう体全体を薄く風で覆っているけれど、覆いすぎると下からの風の力を削いでしまうので加減が難しい。はちみつ色の巻き毛が風に煽られて頭上で舞っている。
出来るだけ<香力>を使わずに自然に任せて滞空時間を延ばそうと、手を広げて体全体で風を受ける。空を飛んでいる気分になる。
大きな図書室を超えたところで、木立の先に塀が見えてきた。そのまま風で体を運ぶと塀の向こう側が見える。
(え、噓でしょう?!)
塀を超えた向こう側には衛兵がいた。それも狭い間隔で何人も。
(塀のこちら側にはいなかったのに!)
これでは降りたとたんに捕まってしまう。衛兵の目につかないようにするためには、もっと遠くまで飛ぶしかない。<香力>を使えば、不可能ではないけど⋯⋯
(絶対に見つかってしまう)
この高さから、さらに高く浮き上がらせる程の強い風を吹かせたら真下の図書室の窓が割れてしまうかもしれない。大きな音を立てれば確実に騒ぎになってしまう。
(塀はあきらめて、堂々と正門から出た方がいいかもしれない)
神殿を抜け出すことには成功しているのだし、このまま図書室を超えた木立のあたりに着地して門に向かえば、さりげなく外まで出られるかもしれない。王宮には政務官、学者、商人、使用人、大勢が出入りしているのだから、1人くらい気にされずに通れそうな気がする。
決めてすぐに風の向きを変えた。図書室を超えたあたりで風を止めて体を落下させる。
(ぎりぎりまで、がまん⋯⋯)
地上のものを出来るだけ吹き飛ばさないように地面すれすれまで耐えて、着地する直前に一瞬だけ強く<香力>を放出して風を地面から噴き上げる。
「うわああぁっ!」
男性の悲鳴が聞こえた。
風が落下の衝撃を吸収してくれて、わたしの着地は無事に成功した。同時に悲鳴のした方でドサっと衝撃音がする。慌てて声の主を探すと、着地したところから少し離れた木の根元に男性が倒れていた。
わたしが巻き起こした風に吹き飛ばされてしまったらしい。散歩をする道でもなく庭師が仕事をする時間でもない。こんな所に人がいるとは思っていなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
あわてて駆け寄ると、倒れていたのは濃い色の髪の若い男性だった。見た目には大きなケガはなさそうだ。
「くうっ、いったぁあ!」
男性が肩を押さえて起き上がった。
「ごめんなさい、どこが痛いですか?」
(――どうしよう、誰か呼んだ方がいいかな)
脱出はしたいけれど、さすがに人に怪我を負わせたまま逃げるわけにはいかない。
男性は肩を押さえたまま、わたしの顔を見て固まった。わたしも、どうして良いか分からず固まる。
しばらくすると、男性は我に返ったのか、肩を軽く回して立ち上がり、体の点検をするようにあちこち動かした。とても背が高い人だ。
「うん、⋯⋯大丈夫そうです」
怪我はなさそうで安心した。
「本当にごめんなさい、申し訳ありません」
何度も謝るわたしを男性は観察するようにじっと見つめてきた。あまりにも見られて居心地が悪い。空から飛んできて自分を吹き飛ばしたのだから、化け物のように思っているのだろうか。<香力>を持っている人はそれなりに多いが、体を浮かせるほどの風を操れる人は滅多にいない。
でも今は気にしている場合ではない。神官に気づかれる前に逃げなければならない。
「で、では、わたくしは急いでおりますので失礼いたします」
そさくさと立ち去ろうとする背中に男性は呼び掛けてきた。
「ねえ」
(――まだどこか痛いのかしら)
「僕のこと覚えてない?」
振り返って改めて男性を見た。陽に輝く濃い青の髪。切れ長の瞳も同じ色だ。男性がこちらに歩いて来る。綺麗な男性だな⋯⋯と思ったところで何かが記憶にひっかかる。どこかで見た事がある気がする。
草原の香り。草や花の香りが混ざった爽やかな香りを感じる。
「図書室の!」
この男性に会ったことがあった。1年以上前のことだ。
王妃や姫君たちに、それぞれお気に入りの居場所がある中で、わたしの居場所は図書室だった。王国中の本が集まっていると言われる、広い広い図書室は慣れない人にとっては迷宮だ。
わたしが図書室で読書をしているときに、目当ての本にたどり着けず迷っていたこの男性と出会って案内をしてあげた。知らない人と話す事が新鮮だったので、印象に残っている。
「あの時は、とても助かりました。ありがとう」
「いえ、お役に立てたようで嬉しいです」
遠くで、誰かを探しているような声が聞こえる。
「⋯⋯――さまぁっっ!」
脱走に気づかれた気がする。
「では、わたくしは、これで失礼します」
向かおうとした先からも、声が聞こえてきた。まずい。声がしない方向で出入りの門がある場所は――必死で記憶を探る。この2年間に1歩も王宮から外に出ていないのですぐに思いつかない。
「追われているの?」
男性が尋ねてきた。
「え?追われて?いえ、ぜんぜん!わたしが?そんなことは⋯⋯えっと⋯⋯」
おろおろしているうちに、人を探す声が近づく。
すると男性は笑って、わたしの腕を取って引き、先ほど肩を打ち付けた大きな木の陰に入ると、わたしにかがむよう身振りで示した。指示通り草の上にしゃがみ込み身をかがめる。
すぐに、衛兵が慌ただしく木の前を行き過ぎて行く。
衛兵までいるとういことは、大ごとになってるのかもしれない。真っ黒なこのドレスは目立ちすぎる。このまま素知らぬ顔で門を通るのは難しいかもしれない。
どこかで使用人の服でも調達できないか⋯⋯視線を感じて目を上げると、男性も同じようにしゃがみこんで面白そうにわたしをを観察していた。
「君、何で追われてるの?」
どうしよう。何と言ってごまかそう。必死で考える。
「肩、痛かったな」
じっと見つめられる。
「理由くらい、知りたいな」
この方ずいぶん踏み込んでくる。放っておいてくれればいいのに。
「衛兵に教えちゃおうかな」
しつこい⋯⋯。騒がれても困るので話すことにした。
「神殿を抜け出して来たのです。恐らく逃げたと思われてると⋯⋯」
「逃げてないの?」
「⋯⋯逃げました」
男性は「ふうん」と言ったあと、少し考えてからわたしに尋ねた。
「どうして、逃げたの?」
言い訳が思いつかなかないので正直に話す。
「⋯⋯結婚したくないからです」
「それは⋯⋯結婚が嫌なの?それとも、結婚相手が嫌いなの?」
「お相手は会ったこともない方なので、好きも嫌いも⋯⋯」
わたしは少し考えてみる。
「いえ、少し嫌いなのかもしれません。以前、縁談をその方に断られました。今回は断らなかったのか、そう出来なかったのかは分かりませんが、本音ではあちらの方も嫌だと思っているでしょう。⋯⋯良い印象は持ちにくいです」
結婚相手の名前を聞いた時にすぐ気が付いた。陛下に嫁ぐ前、その方との縁談が出ていたけれど断られたと聞いている。父に『役にたたない娘』とずいぶん罵られたから覚えている。
男性から先ほどまでの面白がる様子が消え、ひどく真剣な表情に変わった。
「どこに逃げて、どうするつもりなの?」
「わたし街で暮らします。街では女性でも仕事をして生きて行けると聞きました。わたし<香力>だけは自信があるので、何かわたしに出来る仕事があると思います」
男性はしばらく考え込んでから口を開いた。
「その計画に何個か忠告してもいいかな?」
おせっかいだと思った。でも、せっかく言ってくれているのに申し訳ないので聞いてみることにする。
「はい、お願いします」
「まず、街は君が想像している以上に危険なところだから、もっと準備した方がいいと思う。そんな風に身なりが良い若い女性は、あっというまに誘拐されてしまうんじゃないかな。仕事といっても見ず知らずの人をすぐに雇ってくれる人は、そういないから簡単には見つからないと思う」
「はい⋯⋯」
わたしを世間知らずのご令嬢だと思っているのだろう。わたしは街に行ったこともあるし、安全な寝場所や、平民らしい服装、当面暮らせるお金のことは考えた。たぶん大丈夫だと思う。
「それに王宮から出るのは、そう簡単じゃないはずだよ。さっき塀に向かって飛び出したのに、こっちに降りてきたのは、衛兵に見つかりそうだったからでしょう?」
その通りだから正直に頷く。
「でも衛兵を配置しているだけじゃなくて、賊を寄り付かせないよう、色々な仕掛けもしていると聞いている。王宮の警備を甘く見てはいけない。いくら<香力>が強くても危険だと思う」
確かに仕掛けがあってもおかしくない。それは思いつかなかった。
「門からの出入りは、しっかり監視されているよ。学者から使用人まで大勢出入りしているけど、全員、身元を確認されている。衛兵の目をごまかすのは簡単じゃないと思う」
「塀の上を、もっともっと高く飛んだら見つからないと思いますか?」
「目で見える距離なら弓で射られるだろうね」
塀の上を越えるのが無理なら⋯⋯
「塀の下! 穴を掘って塀の下をくぐるのはどうでしょう」
「え? 穴? どうやって掘るの?」
「<香力>でぐぐーん、と」
「す、すごいね。君の<香力>。えーっと⋯⋯」
男性がしばらく考え込む。
「壁がどのくらい深く埋まってるかが分からないけど、2、3メートルあるとするよ。その下を人が通れるくらいの穴を掘るとなると、かなり大きな穴を開ける必要があるよね」
「はい」
「塀のすぐそばに、出入り口を作るわけにいかないから、かなり長い距離が必要だよね。掘った土は<香力>で消せないから、外まで運ぶ必要があるし、外に積み上げたら目立つでしょう」
だめな気がしてきた。
「土をどうにかしたとして、途中で穴が崩れたらどうする? 酸素も足りなくなるんじゃないかな」
「⋯⋯難しそうですね」
男性は困ったような顔をして何か考え込んでいる。もしかして良い案を考えてくれているのだろうか。とても親切な人だけど、いつまでも付き合わせていては申し訳ない。
「教えて頂いてありがとうございます。わたし、もう少し考えてみます。巻き込んでしまって申し訳ありませんでした。もう大丈夫なので、どうぞ行ってください」
しゃがんだままでは失礼だけど、立ち上がると衛兵に見つかりそうなので、地面に膝をついてお辞儀をする。おかしな姿だけど、お礼とお詫びの気持ちは伝わるだろう。
男性はしゃがんだまま、わたしに頭を上げるように言った。見ればますます困ったような顔をしている。
「えっと⋯⋯空中も地面もダメなら、今度は水の中をって言いそうな気がするし、誰も止めないと試しそうだから、このまま立ち去る気にはなれない」
水の中。それは考えなかった。水を全部浮かせるほどの力はないけれど、潜っている間だけ息が出来るくらいの空気は持ち込める気がする。敷地に川が流れていたような気が⋯⋯
「危ないよ! 駄目だよ、まだ寒いから体が冷えて動かなくなるよ!」
考え始めたわたしを見て男性が慌てる。これなら出来そうな気がするのに。
男性が居住まいを正して真剣な顔でこちらを見る。
「それでなんだけど、今日はあきらめて戻れないかな」
「戻って病気の真似をする?」
「ああ⋯⋯、そういう考えもあるか⋯⋯」
お腹が痛いと言ったら延期になるかもしれない。それで、一度計画を練り直すのは良いかもしれない。
男性がまた考え込む。
「何を言いたいかというと、いっそのこと結婚しちゃったらどうだろう、という事なんだけど。君が相手の事を嫌いなのは分かったんだけど、相手がそれでもいいよ、って言ったらどうかな。危ないことするくらいなら落ち着いてからちゃんと考えよう、って言ったら?」
(何も知らないのに!)
この人にとっては気まぐれな我儘に見えているのだろう。『言いつけに従わないなら、お前も母親のように閉じ込める』頭に父の言葉がよみがえる。
泣き叫ぶ母。青白い顔で、こちらを睨みつける母。
閉じ込められて自由を失うくらいなら、街に出て危ない思いをする方を選ぶ。
親切で言ってくれているのは分かるけれど、だんだん腹が立ってきた。でも何も言い返す言葉が思いつかなくて唇をかむ。悔しい。目に涙がにじむ。
男性がぎゅっと眉根をよせて険しい顔をした。
「ごめん、無神経なことを言った」
男性が気遣うようにハンカチを差し出してきた。わたしは受け取らずにドレスの袖で、にじんだ涙をぬぐった。
「本当に、ごめん」
「いえ。ご親切にご忠告頂いて、感謝しています。でも、もう大丈夫なので、これ以上のお気遣いはご無用です」
もう立ち去ってくれ、という気持ちが伝わるといいのだけど。
「今さら、こんなこと言いにくいんだけど」
男性は立ち去らずに、また話し始めた。困り果てた、といった顔をしている。
「たぶん、君の結婚相手は僕だ」
(いま、何て言った?)
「僕はエルダー・バーシュです」
新しい夫になる人だ。
必死でやりとりを思い出す。嫌いって言った。逃げようとしている計画も話してしまった。
「い、いつから気がついて⋯⋯?」
「君が神殿の窓から飛び出して空を飛んだあたりかな。最初は『まさか』と思ったけど、今日の儀式、黒いドレス、強い<香力>、と揃うとね。かなり驚いたよ。こっちに向かってきて、僕まで吹き飛ばされてもっと驚いた。しかも図書室で会った君だったことにも驚いた。今日はもう一生分驚いた気がする」
(わたしも驚いた)
「命がけで逃げるほど嫌われてるとは思ってなかったから、これも驚いた。というよりはショックだったかな」
「ごめんなさい。ひどいことを言いました」
「いや、言われて当然だと思う」
男性――エルダー・バーシュは真剣な顔でわたしの顔を覗き込んだ。
「結婚のことだけど、陛下が決められたことだから、僕に拒否するのは難しい。しかも、ここまで話が進んでしまった。だから君に嫌われてる事が分かっても、中止にすることは出来ない。ごめんね」
「はい」
「でも、これは約束する。僕は君が嫌がることはしない。絶対に」
「⋯⋯はい」
「さっき言ったように、君が僕のことを嫌いでも構わない。僕も自分で選んでこの状況になったわけじゃないという点では君と同じだ。だから一緒に、これからどうしたらいいか考えよう」
「一緒に? ⋯⋯わたしがどうしたいか、言ってもいいのですか?」
「もちろんだよ。だって、君の気持ちは君が話してくれないと分からないよ」
「どうして? あなたは、わたしに命令できて従わせることが出来る立場なのに。ご自分の好きなように決めてしまえばいいのに」
「命令って⋯⋯。君の御父上がどうなのか知らないけど、僕の家では、父は母に命令なんかしないよ。しても母が聞くとは思えないしね」
父は他の母たちを威圧して従わせていた。それが普通だと思っていた。この人は、それが普通だとは思っていないのだろうか。
「君は僕の妹と同じ年齢だし、無鉄砲なところが良く似ている。僕は妹が1人増えたと思う事にするから、君も兄さんが出来たと思ってうちにおいで」
妹、お兄さん。
「ね? 一緒に行こう」
エルダー・バーシュが立ち上がって、わたしに手を差し伸べた。
心配するような真剣なまなざしは⋯⋯少し、バーノルド先生に似ている。
どのみち今、逃げるのは難しいのだから。わたしは覚悟を決めて、エルダー・バーシュの手を取った。
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