55. 成功と課題
「みんな怪我は無いかしら?」
「大丈夫です。ちょっと埃を吸い込んだだけで……。
ゲホッ……!」
ええ、どう見ても大丈夫ではないですね。
こんな風に異物を吸い込んでしまった時は、治癒魔法で治せたりする。
例えば矢が刺さってしまった時も、治癒魔法をかけると矢が身体の外に出てくる。
だから、私は咳き込んでいる人達に治癒魔法をかけて回った。
大きな怪我をした人が居ないのは幸いだけれど、天井が落ちるなんて事故は大問題なのよね……。
空気と同じくらいしか持ち上がらないという予想が外れた結果ではあるけれど。
「……それにしても、盛大に失敗したわね?」
「この重さが持ち上がるとは思わなかったのよ。でも、実験自体は成功よ」
「あら、強気ね?」
「天井を壊したことは反省しているわ」
レナさんとお話をしながら、破片を集めていく私。
今回の事故の原因は長さを測らずに準備していたことだから、次からは伸び切る前提で計画を立てないといけない。
実験自体は成功でも反省することがあるから、後片付けが終わったらすぐに、次からの対策を紙に記していった。
◇
それから二日。
あの実験装置で出せる力を使って、金属を曲げることが出来るようになった。
今までは、曲がっている金属を作ろうとすると型で最初から曲げておく必要があった。けれども、今はただの板からでも目的の形を作れるようになったから、魔道具を今までよりも短時間で作れるようになった。
天井の修理代よりも利益の伸びの方が大きかったから、私の醜態も笑い話として広まる……ことはなくて、工房の人達の中だけに留められている。
けれども、次の失敗は許されない。
だから、次の魔道具の実験は慎重にしなくちゃ。
そう思って私の屋敷で設計図の準備を進めていたら、こんな知らせが入ってしまった。
「ルシアナ様、また公国と王国の間で戦争が起こったようです」
「そう、分かったわ」
今回の戦争のことは事前に知っていたから、驚いたりはしなかった。
お父様から聞かされた話が本当なら、今回は公国が攻め込む側。
王都で苦しんでいる人々をマドネス王子の魔の手から救うという目的で、サリアス第二王子と手を取り合っているらしい。
サリアス王子は病弱という噂だったけれど、あれは嘘に違いないわ。
早々に陛下の本質を見抜いて、病気を盾に隠れていたのだと思う。
「戦況についても報告報告が入っております。王都を包囲し、民の保護に向けて動いているとのことです」
「分かったわ。油断しないように、と伝えておいて貰えるかしら?」
「畏まりました」
もっと早く移動出来る手段があれば、すぐにでも公国に戻るのだけど……どんなに頑張っても馬の力以上の速さは出ないのよね……。
使えるものが無いか探してはいるけれど、今まで思い付いた方法はどれも馬を超えられなかった。
何か思いつけば良いのだけど……。
そんな風に思いながら、恭しく頭を下げる執事さんを見送ってから作業に戻る私。
この時には空が茜色に染まっていたから、設計図を仕上げてから夕食のために席を立った。
今日も新しい移動手段は思い付かなかった。
けれども、レオン様を招いての夕食の席でのこと。
「これを見て欲しい。新しい移動手段の参考になるかもしれない。
水車を使って小麦を挽く方法だが、回転の動きを上下の動きに変えているらしい。
逆に、上下の動きを回転の動きに変えることもできる気がするが、どうだろうか?」
レオン様から差し出された資料に目を通すと、そこには私が作り出した水を温めて使う魔道具を組み合わせた時の実験結果まで書かれていた。
「湯気を満たした状態で冷やすと一気に動く性質がありますのね……」
「ああ。持とうと思って水魔法をかけたら、一気に縮んだんだ」
「レオン様、天才ですか?」
「偶然気付いただけだ。ここから形にするのは難しいだろう」
レオン様はそう言っているけれど、この書類には設計図まで書かれているのよね……。
昨日、私が商談で帝都を離れている間に彼が工房で何かの実験をしていたという話は聞いていたけれど、こんなことになっているとは思わなかった。
「もう殆ど形になってる気がするのですけど……」
「いや、大きな問題がある。裏を見て欲しい」
言われた通り、裏面に目を通してみる。
実験装置の絵が描かれているだけだけれど、それだけで言いたいことは分かった。
この絵に書かれている範囲だと、全く動き出さなくなってしまうらしい。
その範囲は、半回転分。
だから、三つ以上を組み合わせればどの角度でも回り始めると思ったのだけど……。
「手を使って動かせば回るようになるのだが、角度次第では狙った方向とは逆に動き出したりするんだ」
「三つくらい繋げて回すようにしたら、その問題も解決すると思うのですけど……」
「逆方向に回ろうとするせいか、今度は全く動かなくなってしまったんだ」
レオン様はもう試したみたいで、そう言われてしまった。
また希望の光が消えてしまいそうね……。
そう思った時だった。
「時間がかかることは覚悟している。ルシアナ、一緒に研究して貰えないか?」
「はい、是非」
そんな提案をされたから、私はすぐに頷いた。
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