25. side 問題だらけの国

 会場から連れ出されたマドネス王子は、麻痺毒のせいで指の一本や瞼でさえも動かせない状態になっていた。

 この麻痺毒は全身の筋肉を弛緩させるものだから、呼吸も浅くなってきている。


 そのことにリーシャは気付いていて、連行している騎士にこう懇願した。


「お願いよ、マドを助けさせて! このままだと死んじゃうの!」

「隊長、この女の言う通りのようです。脈が浅くなってきています」


 ここは治癒魔法の存在する国で、使い手も貴重ではあるものの少なくはない。

 けれども戦場においては治癒魔法の恩恵を受けられない場面も多々ある。


 だから、治癒魔法が無くても怪我人を救う方法は研究されてきた。


 その成果として挙げられるのは、体外から胸部を圧迫することだ。

 骨を折ることにはなるものの、心臓が止まっていても救えるようになる。


「一旦、床に寝かせろ。ここで死なせたら外交問題になりかねん。

 リーシャと言ったか? 解毒魔法を先に」

「は、はい……」


 少しずつ瞳の光を失っていくマドネスを前にして、胸が締め付けられるような思いをしながらも解毒魔法の詠唱を始めるリーシャ。

 もっとも、彼女は帝国の騎士をこれっぽっちも信用していなかった。


(これで治らなかったら、マドが死んだ責任を取ってもらうわ……。可哀想なマド……きっと首を絞められたのね)


 実際はマドネスの自爆なのだが。


 麻痺毒のことを知らないリーシャは詠唱を終え、解毒魔法を発動させる。

 しかし、目の前で胸の厚みが目に見えて薄くなるほど何度も何度も圧迫されるマドネスを見て、血の気が引いていた。


「マドを殺さないで!」

「止まった心臓を動かす方法はこれしかありませんよ! 止めたらこの王子は死にます」

「そんな……」


 絶望的な光景に治癒魔法の詠唱がままならないリーシャを横目に、騎士は雷魔法を発動させる。

 その間は全員がマドネス王子から手を離していたのだが……。


「かはッ……」

「目が覚めましたか?」

「い、痛い……! 助けてくれ!」


 折れてしまった何本もの肋骨が発する痛みに、マドネス王子はのたうち回っていた。

 けれども、呆然としたまま動けないリーシャから治癒魔法がかけられることはなかった。





 同じ頃。


 厄介者二人が去ったパーティー会場の中、ここアルバラン帝国の皇帝は、皇太子や皇女、そして隣国であり同盟国となったアスクライ公国の王子と公女を呼び出していた。


「我はあのような侮辱を許せない。しかし、王国を攻め落とそうとすれば血が流れてしまう。

 血を流さずにグレールの王家を崩壊させる方法は無いだろうか?」


 圧倒的な力を持っていながら決して高圧的にならない態度。そして、この人が上に立っていれば安心できるだけの温厚な性格。

 そんな人物であっても、怒りを覚えることはある。


 しかし、ここは大勢の目がある場所。

 皇帝は無表情を貫いたまま、けれども声色には怒りを込めて問いかけている。


「戦となれば血を流さないことは不可能でしょう。しかし、王国では重税に苦しむ民達の不満が溜まっています。

 それを利用すれば、王家が立ち行かないようにすることは不可能ではありません」


 淡々と告げるレオンの声に怒りはこもっていない。

 それでも、その瞳の奥に宿る炎の存在に周囲の者は気付いていた。


「そうか。内乱が起こった時には民達に加勢するとしよう」

「分かりました。くれぐれも、血は流れないようにお願いします」

「言われるまでもなく、そうするつもりだ。

 そのためにも、民達には防具を与えようと思っている」


 普通なら内乱を扇動しようとしている時点で戦争に発展しかねない。

 けれども、皇帝は血を流さない自信があるようで……。


「あの王族相手なら、多少の介入など勘付かれないだろう」

「父上、念には念を。油断していると足下を掬われます」


 この場にいる皇族は険しい表情は浮かべていなかった。

 慎重に動けば、王国で起こっている問題の数々が浮き彫りになったから、余裕があると判断していた。


 油断はしていなくても、追い詰められてもいない。

 だから……数分後には、この会話に関わっていた者達は各々の思うようにパーティーを楽むことが出来ていた。


 

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