第20話 三者の目指すもの
――リコッタは面白くなかった。
「トキヤ、大精霊様に甘い」
ひとりテントに潜り込んだ彼女は、誰もいない空間に向かって愚痴をこぼした。
彼女はあくまで『大精霊様』の呼び方にこだわる。もちろん、込めているのは敬意ではなく反発心だ。
そうして心の距離を保っていないと、とてもではないが平常心でいられない。
刻哉の前だから、まだあの程度で抑えられているのだ。
リコッタはゆっくりと深呼吸をした。
昨夜は狭いテントにぎゅう詰めになったせいか、中はまだほんのりと温かさと匂いが残っている。リコッタは刻哉の匂いを気に入っていた。大精霊様――フィステラはそもそも匂わない。
落ち着く。
でもざわざわする。大精霊様と刻哉が親しいことに不安を覚える。
リコッタは、自分でも不思議なほど刻哉に心を許していた。
妹の
彼は、恐怖に立ち向かうお守りナイフの創造者である。
何より、あの表情だ。ドラゴンに立ち向かうときも、苦痛に
あの強烈な意志の瞳に、リコッタはひどく惹かれた。
テントの片隅に置いた小袋を見る。他のものより丁寧に封をしてあるそれは、死んでいった妹や仲間たちのささやかな遺品が収められている。
――きっとトキヤと一緒なら、あの子たちを故郷に葬れる。
リコッタたち獣人の習慣、毎日の祈りのポーズを取る。
そのとき、テントの幕が開いた。「リコッタ」と刻哉の声がして、獣人少女は耳と尻尾をピンと立てた。
相変わらず言葉は通じないが、それでも呼ばれていると理解したリコッタは、いそいそとテントを出る。
彼が手招きした場所は、焚き火跡の周り。刻哉の向かいにはフィステラの姿もある。
リコッタは刻哉にぴったりくっつくようにして座った。
大精霊様と視線がぶつかる。リコッタは睨み返すことはせず、視線を逸らした。
「――、――」
最初に口を開いたのはフィステラだ。刻哉と同じ言語で喋っているため、リコッタには理解できない。頬を膨らませ大精霊様を見る。
するとすぐに、彼女はリコッタにもわかる言葉で説明してきた。
「トキヤさんの体調もとりあえず落ち着いたので……ここで、私たちの目標を確認したいんです」
「目標?」
「はい」
フィステラは、リコッタに話しかけるときだけ緊張している。無理もないが、かといって同情したり態度を改めたりするのには抵抗があった。
しばらく、大精霊様の話を聞く。そういえばまともに事情を聞くのは初めてだとリコッタは思った。この二日、特にフィステラとはほとんど会話らしい会話をしていない。
大精霊様が言うには、外界とこちらの世界を繋ぐ『大噴禍』という現象を止めたいらしい。
大噴禍を通って、外界人が来る。
外界人はチーターの原型となる。
だから、大噴禍そのものを止め、これ以上チーターを増やさないようにしたい。
自身も大精霊でありながら、だ。
「大噴禍を止めるには、『世界樹』の機能を停止させなければなりません。大噴禍を引き起こすマナは、世界樹から提供されていますから」
だが、世界樹がある場所は精霊たちの本拠地でもある。
そこにはフィステラよりも格上の大精霊と、専用に作られた強力なチーターが待ち受けているという。それだけではなく世界樹そのものも難敵で、生半な攻撃は通用しない。
だから刻哉に最強の武器を数多く作ってもらい、最終的に世界樹を破壊することが目標なのだ――とフィステラは締めくくった。
リコッタと刻哉、それぞれの言葉での説明だ。長い時間だった。
リコッタは刻哉を見上げた。彼の表情は相変わらず変化に乏しい。あまりにも乏しい。
獣人少女はフィステラに言った。
「その目標、トキヤも了承済みなの、大精霊様?」
「それは」
フィステラは言い淀んだ。
なおもリコッタは言い募る。
「チーターがいなくなるなら、わたしも賛成。こんなにすごいことない。けど……それってトキヤを道具として好きなように扱ってるってことじゃないの?」
「彼は、世界を救う英雄になれる素質があります。決して道具なんかじゃ」
「トキヤはなんて言ってるの?」
「……」
「答えて」
しばらくためらってから、フィステラは口を開いた。
「彼は、自分のために力を使うと」
「じゃあ、大精霊様は無理矢理トキヤに武器を創らせようとしているんだ」
リコッタの尻尾が逆立つ。自然に前屈みになった。
「それって他の精霊やチーターとどう違うの」
「違います。私はトキヤさんをチーターだなんて思っていません。いえ……絶対にチーターになんかさせない」
初めて、フィステラが力を込めて獣人少女を見た。
「私は……トキヤさんを英雄にする。もう二度と、悲劇を起こさせないために。私の力はそのために使うと決めたのです。彼がその気になってくれるまで、私は彼の力になり続けます」
リコッタは口を閉ざした。
精霊少女フィステラが、刻哉のために使う力。
「私のマナ化能力。これは私だけの力で、私だけが、トキヤさんの願いを最大限叶えることができる――そう、信じています」
なによそれ――とリコッタは思った。
大精霊様だけの力なんて、そんなのずるいよ。
「力を、貸していただけますか? リコッタさん」
――
急に自分がちっぽけな存在に思えてきた。
かたや支配者たる大精霊様。
かたや世界を救う力を持つ外界人。
自分はなんなんだ。
また無力を晒すのか。妹を、仲間を救えなかったあのときのように。
ごちゃごちゃする頭のまま、リコッタは隣に座る刻哉に横から抱きついた。そのまま、彼の匂いを目一杯吸い込む。
ゆっくりと息を吐いた。
「……わかった。嫌だけど、わかった」
不思議なほど落ち着いた声で、リコッタは言った。刻哉から身体を離す。
目を丸くしている刻哉とフィステラ。
リコッタは
「じゃあわたしは、トキヤを守る。トキヤがやりたいこと、最後までやれるように」
そう、決意を込めて宣言した。
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