第8話 コミュ障と精霊少女のチカラ
フィステラは立ち上がると、アダマントドラゴンの巨大な亡骸に歩み寄った。
剥き出しになった牙に手を触れる。
「私には、他の精霊にはない特別な力があります」
彼女の周辺で舞う蝶が、ふいに輝きを強めた。
「それは『マナ化分解』。この世界の物質をマナに変換することができるんです」
蝶が牙の周りを舞う。
すると、歴戦の傷を刻みつけたその巨大牙は、雪玉が内側から弾けるように、白く変色して崩れ去る。
直後、蝶と同じ黄金色に輝きだし、フィステラの手のひらに集まってきた。
「私はこの世界の様々な事物を分解し、そこから高純度のマナを取り出すことができます。この世界の住人はおろか、私の姉妹でもこれだけの芸当はできません」
「姉妹?」
「同じ使命を持って生み出された精霊たちのことです」
フィステラが平坦な声で説明する。
精霊は外の世界の人間をチーター化し、駒にする――刻哉は彼女の話を思い出した。
蝶の少女の細い手が、オーケストラの指揮を執るように滑らかに動く。それに伴って、アダマントドラゴンから分解したマナも明滅しながらゆらゆらと踊る。
マナ――この異世界に充満する不思議な力の粒子。様々な超常現象を引き起こす源であり、あの大噴禍も、元はマナの奔流が現実世界に噴き出したものである。そう、フィステラは説明していた。
刻哉はマナのダンスを見ながら思う。大噴禍を通過するとき、思い切りアレを吸い込んだ。あのとき身体に満ちあふれた力の正体が、マナだったのか。
俺の身体の中にも、マナが巡っている。アダマントドラゴンと同じように。
「本来、この力は仲間の精霊たちへマナを供給するためのものでした。分解して得たマナをそのまま受け渡せばそれでよかった。それが私に与えられた役割だから。でも、外の世界から来た人々やチーターの惨状を見て、思ったんです。この力を、外の世界の人たちのために使えないかと」
「俺たちに対する罪悪感から?」
「……相変わらず、言いにくいことをズバリと言ってくれます」
フィステラは苦笑した。そのとおりだったのだろう。
蝶の少女がお腹に力を入れ、鋭く息を吐く。すると、マナの輝きがぎゅっと集束し始めた。バラバラの光粒子だったそれは、手のひらに収まるサイズのブロック状に変化する。
刻哉は直感で、「黄金色の粘土だ」と思った。
出来上がった黄金色の粘土を、フィステラは大事そうに撫でた。
「さすが、強力な龍。素晴らしい色と濃度のマナになりました。あなたがいなければ、手に入らなかった希少な品ですね。トキヤさん」
「どういうことだ?」
フィステラが振り返る。
「簡単に言えば、あなたが一撃で龍を倒したからこそ、肉体が丸々素材として使えたということです。仮に戦闘が長引き、龍が傷つくようなことがあれば、私が分解するまでもなくマナと化して、世界に還っていたでしょう」
「要するに、できるだけ無傷のままモンスターを絶命させれば、それだけ新鮮で強力な素材が手に入ると」
「そのとおりです。唯一の例外があなたがた外界人ですね」
「素材扱いされるのは微妙だな……」
「え? あ! すみません、私ったら」
この感覚の違いが異世界らしさだろうかと刻哉は思った。
フィステラが黄金色のマナ粘土を刻哉に手渡す。
質感はやはり粘土。ほんのりと温かい。ただ、驚くほど軽い。
「私はこれを『
「地粘材……また古風な」
「それを使って、あなたの望む武器をお作りください」
にこやかに、どこか期待感すら込めてフィステラが促す。刻哉は黄金色の粘土――地粘材を
そして素朴な疑問をぶつける。
「……どうやって?」
「はい?」
「この金色の粘土から、どうやって武器を作ればいいんだ」
「え? あれ? あの、他の外界人やチーターの皆さんは、これで剣や槍を作っていらして」
「もう一度言うね。他の奴と比べないでくれ」
「こう、ひょいひょい――と?」
「君が疑問形なら俺はお手上げなんだが」
無表情でじっと睨むと、フィステラはどんどん青ざめていった。彼女の周りを舞う蝶も暗い色になって慌ただしくばたつく。
刻哉はくるりと背を向ける。何やら必死にフォローの言葉を重ねるフィステラを無視し、彼は再び地粘材を観察した。
そう――他人はどうでもいい。
刻哉は思う。
大事なのは、どこまで自分自身が本気なのかどうかだ。
ロボットのようにコミュ障でバグ男。そんな風に後ろ指を指されてきた彼が、初めて強く、強くやりたいことができた。
マニュアルはない。サポートもない。やり直しも利かない。死ねばそれで終わりどころか、見世物のNPCとして視聴者を喜ばせる人形に成り果てる。
手に入ると思っていたチートも、この有様。
だからこそ問われている気がする。
お前は、どこまで本気なのかと。
次に何をすれば良いか途方に暮れただけで、すべてを諦めるのかと。
また――あのロボットのような暮らしに戻りたいのかと。
刻哉は周辺を見回した。
洞窟内を照らす石から手頃な大きさの物を拾い上げ、左手に持つ。
地粘材を地面に置き、その前にあぐらをかく。
「あの、トキヤさん?」
「黙って」
フィステラにぴしゃりと言い放ち、刻哉は左手を振り上げた。
黄金色の地粘材に、石を叩きつける。
何度も、何度も、何度も叩きつける。
刻哉の耳から音が遠くなっていく。
超集中状態のスイッチが入る。
――刻哉は、実家から追い出されて唯一良かったと思うことがある。
父が私費で建設したジェイツー歴史資料館。そこに勤められたことだ。
あそこでは、一族の歴史を振り返ることができる。
刻哉のご先祖様は、天才的な鍛冶師だったらしい。
それを紹介する展示コーナーは、全体からすればごくわずかな部分。収蔵された資料もそう多くない。
けれど刻哉は、先祖の手技を学び、たどるのがとても好きだった。ロボットと揶揄される無感動な彼が熱くなれる時間だった。
刻哉の頭の中には、刀剣に関する知識が詰まっている。
もちろん、ここには炉も水も藁灰も槌も鍛錬台も研磨材も何もかもない。刀の鍛錬などできるはずもない。
それでも、刻哉はこの地粘材――マナの塊にどうしようもなく惹き付けられた。黄金色の粘土に、美しい刀剣の姿を重ね見たのだ。
「あ……」
息を呑んで作業を見守っていたフィステラが、小さく声を漏らす。
先ほどまで、餅をつくような低い音だった打撃音が、次第に高く、金属を叩くそれに変わっていく。
刻哉の目の前で、地粘材が薄く、細長い板に延ばされていく。
黄金色の火花が散る。
瞬きすら忘れて、ひたすら打つ。打つ。打つ――。
コォーン……と、一際綺麗な、奥行きのある音が響き渡った。
刻哉は手を止め、石を置く。いつのまにか石は半分くらいの大きさまで欠けていた。
出来上がったものを持つ。
それは刀と呼ぶにはあまりにも不格好だった。小学生が段ボールで作った剣の方がまだ見目良いだろう。
全長30㎝ほどの、ギザギザで細長い金属板。そう表現するのが一番近い。
「フィステラさん」
「は、はい」
「アダマントドラゴンの身体で、一番硬い部分はどこ?」
巨大な
刻哉の後を小走りに追いながら、フィステラは答えた。
「前脚の爪です」
「遺体から切り離した素材は、すぐにマナ化してしまうのか?」
「いえ。すでに一度息絶えた個体は、しばらくそのままです。このクラスの龍であれば、相当長い時間保つでしょう。……トキヤさん。まさか」
うつ伏せに斃れたアダマントドラゴンは、前脚を投げ出した格好だった。
ゆめKoを無残にひねりつぶした巨大な爪が、刻哉の目の前にある。これまで様々な障害物をなぎ払ってきたであろう凶器は、びっくりするほど表面が滑らかな銀色だった。
傷一つ付かないとは、まさに目の前の凶器のことを指すのだと思わせる。
刻哉は、刀
途端、それが薄く輝き出す。フォールティングナイフのときと比べると、ずっと弱い輝き。
そのまま無造作に、振り下ろす。
凍てつく氷のような、高い音が響いた。
フィステラが絶句する。
「なんてこと」
彼女の目の前で、超硬度を誇ったドラゴンの爪が、根元からあっさりと切り離されたのだ。
それだけではない。
不格好な刻哉の刃は、アダマントドラゴンの爪を両断するだけに留まらず、その下の岩の地面すら引き裂いていた。
「すごい。すごいです、トキヤさん。やはりあなたの能力は本物です! あの龍の爪を、こんな簡単に両断するなんて。少なくとも私は、初めてこのような光景を目にしました!」
興奮しているためか、フィステラの口調が仰々しい。
だが、当の刻哉の表情は変わらなかった。
ロボットのような無表情のまま、左手の刀擬きを見ている。
彼の目の前で、細長い金属板は硝子の砕ける音を残して消滅した。
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