第5話 【掲示板回】デスワープ


【ゆめKo】いせスト実況やろうぜ【nakana】:ライブチャットフィード


[スターダスト]:うわああやべええええええ(20:40)


[踊れファイヤー]:アダマントドラゴンつよ(20:40)


[イノ]:え、ちょっとまって 一撃?(20:40)


[光速シューター]:恐怖と絶望のあまりnakana発狂中 俺もストゼロ飲んで後に続くわ(20:40)


[リビリビ]:>>光速シューター 貴様か隣の部屋でワーワー言ってんのは(20:40)


[リビリビ]:俺もまぜろ(20:40)


[リビリビ]:恐怖を分かち合おう(20:40)


[電波ポップ]:うーん、発狂状態のアダマンちゃんちょっとシャレにならんわ(20:40)


[電波ポップ]:野良とはいえゆめKoの連れてきたパーティが一発で沈むとは……(20:40)


[イノ]:あ(20:41)


[スターダスト]:お?(20:41)


[電波ポップ]:あれ、きたこれ?(20:41)


[ガジェッたん]:ゆめKoの射撃により罠が発動、アダマントドラゴンは崩落によって地下に堕ちました(20:41)


[ガジェッたん]:急展開すぎてnakana台詞が棒読みになっとるww(20:41)


[コンパス]:諦めぬ! 決して諦めぬ! それでこそ俺たちのゆめKoだ!!(20:41)


[虹色ぱんだ]:なおゆめKoも崩落に巻き込まれた模様(20:41)


[踊れファイヤー]:いや草(20:41)


[スターダスト]:相打ち? どうなってんの画面切り替わらない(20:41)


[ガジェッたん]:こりゃあデスワープかなあ ゲージ消えてるもん(20:41)


[ゼウス]:来たようだな……俺の出番が(20:41)


[虹色ぱんだ]:とりあえず>>光速シューターと>>リビリビを何とかしてやれ(20:42)


[ゼウス]:わかったコンビニいってくる(20:42)


[虹色ぱんだ]:誰が参加しろと言った(20:42)


[電波ポップ]:nakana実況も今日は終了か はい解散解散(20:43)


[スターダスト]:乙(20:43)


[イノ]:乙でしたー(20:43)



◇◆◇


 刻哉は目をこらす。

 堕ちてきた人影は、アダマントドラゴンの硬い背中にぶつかると、そのままバウンドした。崩落の残骸が散らばる地面に落ちて倒れる。

 アダマントドラゴンの正面だ。


 人影がゆらりと立ち上がる。


 ――普段、表情を変えない刻哉ですら、目を丸くした。左手で自分の目をこする。血のにじむ視界が、少しだけクリアになる。


 立ち上がったのは、赤い髪をした美少女。

 間違いない、いせストでトップクラスの人気を誇るプレイヤー『ゆめKo』だ。

 刻哉も大噴禍に巻き込まれる直前まで目にしていた。見間違うわけがない。


 だからこそ。


「どういう、ことだ」


 


 いせスト――異世界公式ストリームに登場するキャラクターは、動画用にデフォルメされているはずだ。

 言い換えれば、Ko姿。刻哉が元の世界と同じ姿形をしているように、彼女にも日本人の女の子としての姿がある。


 なのに、今、刻哉の視界に映る彼女は――動画そのままの姿をしていた。


 髪色はまだいい。だが、身につけている装備や、高所から落下したはずなのにまったく傷一つ無い肌や、ゲーム画面をプロジェクションマッピングで投影したようなは、いせストで視聴者たちが熱を上げる姿そのまま。


 あのゆめKoは……単なるキャラクターに過ぎないのか?

 では、本物のゆめKoはどこに行ったのか。


 ゆめKoの本名。いつかネットニュースに上がっていた。確か――。


「……


 蝶の少女がつぶやいた。刻哉は振り返る。

 シイラさん。桜乃さくらの 詞蘭しいら。それがゆめKoの本名。珍しい名前だったから、刻哉もよく覚えていた。


 なぜ、蝶の少女はゆめKoの名前を知っている?

 なぜ、あのゲームキャラクターを見つめながらその名をつぶやく?


「だめ……。だめです、シイラさん。やめて。また……あの姿を見せないで」


 蝶の少女はその場にうずくまる。

 刻哉はゆめKoとアダマントドラゴンを再び見た。


 ――いせストでのゆめKoは、全キャラクターでも上位に入るステータスとスキルの強さを誇る。

 彼女の戦いぶりを、この目で見られる。スマホやPCの画面越しではなく、直に。この目で。


 ――直後の攻撃は、刻哉でなければ見逃していたであろう。


 アダマントドラゴンが、凄まじい速さで尻尾を振った。

 音と風が遅れて刻哉の元までやってくる。


 ドラゴンの尻尾は、ゆめKoの身体を正確に打ち据えた。

 洞窟の壁面まで吹き飛ばされ、岩にめり込む美少女キャラクター。

 間髪入れず、アダマントドラゴンの前脚が壁面に押しつけられた。

 対象をすり潰すように、何度も押す。鋭い爪で握りしめる。


 ドラゴンの前脚が離れた。

 壁面には、糸の切れた人形のように動かないゆめKoの姿。


「トキヤさん。目を離して。見てはいけません」


 超集中状態ゾーンになった刻哉に、蝶の少女の忠告は届かない。

 刻哉の見ている前で、ゆめKoの身体に変化が起き始めた。


 ぐずりぐずり、と

 まるであぶられた飴細工のように、キャラとしての輪郭を失い、粘性のある赤い液体に変化する。


 それだけではない。

 完全に液体へと変化したゆめKoの身体は、そのまま洞窟の壁面を伝って地上へと移動を始めた。最初はゆっくりと、徐々にスピードアップして――。

 あっという間に、痕跡を残さず消え去ってしまう。


 蝶の少女が苦しそうに言った。


「最寄りの集落へ向かったのでしょう……人の姿を取り戻すには、安全で、かつ、ある程度マナの濃い場所が必要です……」

「デスワープ……?」


 いせストのキャラクターが戦闘不能になると、一定時間後に拠点に戻って復活する現象。

 ゲームでは、さして珍しくないシステム。

 これまで、視聴者たちはその原理について深く考えてこなかった。刻哉もそうだ。

 なにか、異世界ならではの特殊な法則が働くのだろう――その程度の認識だった。


 確かに、刻哉の知る物理法則ではありえない。

 死んだキャラ人間が液状化して、高速移動して、その先で復活するなど。

 ましてやそれが、元々刻哉と同じ世界を生きていた人間であるなど。


 自分も、のか……?


「ごめんなさい、トキヤさん」


 少女の謝罪で、我に返る。


「私はまた、あなたたちを見殺しにしてしまう。なにもできない私を、許してください……」


 彼女は繰り返した。


「本当に、ごめんなさい」


 ――アダマントドラゴンが、こちらを見つけた。

 

 


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