第16話 決行の日
決行の日はそれから五日後だった。
五日の間に、グラハムが軍隊を配置した国境付近の村に、迎え撃つラムーザの軍隊を潜ませた。トロイの村にももちろん精鋭部隊を配備してもらった。
そして、ルーカス陛下にはシンシア王妃の側に潜ませた密偵からグラハムの情報を入手したのだと伝えている。それがシンディだとは知らさないことにした。
シンディが情報源だと伝えれば、シンシアの影武者であることも伝えねばならない。
ということは、シンシアがすでに死んでいることも伝えることになり、なぜ死んだのか、いつの間に影武者など準備していたのかという話になる。
アーサーはルーカスにそのことをどうしても知られたくないらしい。
「たとえ陛下のためにしたことであっても、王妃を殺したと知れば陛下は心を痛め、私を遠ざけることだろう。私が罰を受けるのは構わない。それで死罪となっても受け入れる覚悟でやったことだ。しかし、まだ若く正義感溢れる陛下をお守りできるのは私だけだと自負している。我が手を汚しても陛下をお守りするのは私だけだと、先王も分かっていて私に後のことを頼まれたのだ。陛下の治世のために、私は意地でも陛下のお側を離れるつもりはない」
そう言うアーサーの言葉は嘘ではないと思う。
自分の保身のために、知られたくないのではない。
陛下をこれからも守るために、
「だから、頼む。君はこのままシンシアでいてくれ。君の身の安全は私が必ず保証する。捕らえられるようなことがあれば、今度こそ王妃は死んだことにして君は元のトロイの村に帰れるようにする。辛い役目だろうが、陛下の暗殺を企てるシンシア王妃としてヒルミ達の目を
懇願するアーサーに、シンディは決意を込めて肯いた。
「分かりました。ならば私も陛下のために大嫌いな王妃の役をやり遂げましょう」
シンディもまた、ルーカス陛下にはアーサーが必要だと思っていた。
だから、陛下を陥れようとするシンシア王妃を演じ切ろうと思う。
陛下の暗殺を
そう決心して、庭園への誘いの手紙を書いた。
◇
ルーカスは初めて届いた自分の妻からの手紙を前に
「シンシアから手紙? なんの嫌がらせだ?」
押し花のあしらわれた可愛らしい手紙だが、嫌な予感しかしない。
そんな可愛げのある行動は、結婚して三年経つが一度もなかった。
「先日のお
手紙を渡したのは側近のアーサーだ。
「先日の詫び? いったいどの先日だ? いっぱいあり過ぎて分からない」
むしろ詫びのいらない会話をしたことがない。
「読んでみてくださいませ」
アーサーは苦笑しながら答え、ルーカスは渋々手紙を広げた。
『ルーカス様。先日は失礼なことを言って申し訳ございませんでした。
陛下が珍しく声を荒げられて、私は自分がいかに自分勝手であったか初めて気付きました。
どうか謝罪をさせてくださいませ。
いま一度、これまでの険悪な仲を改善したいと思っております。
つきましては今日の午後、庭園にて二人きりでお話できないでしょうか?
私はヒルミがいると、どうしても陛下に冷たい態度をとってしまうのです。
今日はヒルミを連れず一人で会いたいのです。
どうか陛下も、側近も護衛も付けず一人でいらしてください。
お待ちしています。 あなたの妻 シンシアより 』
読み終えたルーカスは、目を見開きアーサーを見た。
「まさか……これは……」
意味深に肯くアーサーに、ルーカスは信じられないという風に首を振った。
「そなたから私の暗殺計画があると聞いてはいたが、半信半疑だった。確かにシンシアはわがままで
すでにそういう計画があるとルーカスには知らされていた。
そして、その計画通りの手紙が届いたのだ。
ルーカスは頭をかかえ、大きなため息をついた。
「苦手な女性ではあったが、敵国に嫁がされたシンシアの心情を思えば、それも仕方がないとできる限り望む通りにしようと思ってきたが……、まさか……これほどとは……」
心ならずも妻となったシンシアを精一杯受けとめるつもりで、これまで目を
だが、さすがにもう我慢の限界だった。
「では、そなたの言う通り、私を暗殺してラムーザに攻め込むつもりなのか?」
ルーカスはアーサーに確認するように尋ねた。
「はい。国境の向こうに兵が待機しているとの報告がきています」
「なんという……。グラハムはやはり最初から我が国を侵略するつもりだったのだな」
「はい。そのつもりでシンシア様を送り込んだのです」
「できることなら事を荒立てずに、つまらぬ戦争で民を死なせぬようにと思ってきたが……どうやら無理なようだな」
そのために気の合わぬ相手との結婚も受け入れようと努力してきたというのに。
「はい。どうか決断してくださいませ、陛下」
「うむ。こうまでされては、いくら私でも甘いことは言ってられぬ」
ルーカスは決意を込めて立ち上がった。
「シンシアの待つ庭園に行こうではないか。
「はい。庭園には刺客を捕らえるべき精鋭の護衛を潜ませます」
「ああ。だが……シンシアを殺してはならない。彼女は大事な人質だからな」
怒りは感じるが、仮にも妻となった女性を殺すことはルーカスにはできなかった。
「はい。もちろんでございます」
アーサーはその言葉にほっとした。
ルーカスが自分の暗殺まで企む妻を殺せと命じたら、どうやってシンディを逃そうかと考えていたが、その心配はなさそうだった。
こうしてルーカスは手紙で指定された通り、午後に一人でシンシアの待つ庭園に向かったのだった。
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