初めてのベッドの上で珈琲を

Bu-cha

1

1

「お前、何してるんだよ?

仕事中に遊んでんじゃねーよ。」




人事部の部屋の中、慣れないパソコンを目の前に右手の人差し指1本でキーボードを打っていく。

そんな私に今日も話しかけてくる男の人・・・天野さん。




「今集中しているので、お願いですから話しかけないでください。」




「左手も使え、左手も。

遅くてもいいからちゃんと両手使えよ。」




そう言われてしまい、左手も人差し指を出して必死にキーボードを打っていく。

そしたら真横に立っていた天野さんが私の真後ろに回り・・・後ろから私のガチガチの両手にソッと手を添えてきた。




驚いていると・・・

天野さんが私のガチガチに固まった指を1本ずつ開いていく。

男の人なのに綺麗な天野さんの指が私の大して綺麗ではない指を優しく開いていく・・・。




息を止め、その光景を見ながら何回か瞬きをすると、煩くなる心臓の音がよく聞こえてしまった。

全て指が開いた私の両手の甲を天野さんが優しくポンポンと叩く。




「ガチガチ過ぎだろ!!」




面白そうに笑いながら言った天野さんの声がすぐ真上から聞こえ、天野さんの顔が真上にあるのだと分かりまた心臓の音が激しくなった。




「息しろ!!!」




大笑いしながらそんなことまで言い私から離れ自分のデスクの椅子に座った・・・。




人事部の部屋の中、私のデスクは離れている。

部長席も離れているけど、勿論私は部長ではなくて。

採用・労務・教育などの担当によってデスクの島が分かれていて、天野さんは中途採用の島にいる。




でも私はどの島にもいなくて、人事部の部屋の隅に置かれたデスクに1人座っていた。




ここは藤岡ホールディングス。

大企業中の大企業である藤岡ホールディングスの人事部の部屋の中にいる。

部屋の隅に1人だけだけど、いる。




私は笠原瞳(かさはら ひとみ)、今年の1月末で30歳になった。

信じられないことに30歳になる直前、この藤岡ホールディングスに内定をもらえた。




高卒でバイトをしていただけの私が、信じられないことにこんな大企業中の大企業の正社員になれた。




中途採用の島に座る天野さんを見る・・・。

今年で26歳になる天野さんは、凄い格好良くて・・・。

綺麗な顔だけどちゃんと男らしい顔付きで、たまにジャケットを脱ぐと筋肉が結構ついているのも分かる・・・。




勿論、社内でも相当モテていて・・・。

私も憧れている・・・。

付き合いたいとか恐れ多いことは勿論考えてはいない・・・。




2月1日に入社をして今は8月に入った。

入社半年経ってもろくにキーボードも打てない私が、30歳にもなった私が、26歳でこんなに素敵な天野さんを“好き”になるのも許されないと思う。




だから、憧れているだけで・・・。




天野さんの格好良い横顔を見て、いつもより多めに瞬きをした・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る