戦いの準備6

 知性と思想は平和のためにあって欲しい。争いのために、人殺しのためには、できれば使ってほしくない。だが多大な恩恵が付随する技術というのは得てして争いから生まれるものである。電子レンジや液晶ディスプレイなどはその最たる例だろう。つまるところ発展には争いはつきものであり、争うからこそ人類は発展していくのだといえる。殊、地球に関していえば有史以来争いのなかった時代などない。人々は常に戦いの渦中に存在し生物としての栄華を誇ってきたわけだが、その弊害としてたまたま平和な国に生まれた人間が物語のように語り過剰な装飾を施すようになった。争いは……人の命が散っていくのは悲劇でしかないし、どれだけ文化文明が発展しようとも肯定しようのない最悪そのものである。だが、真実の伴わない伝聞もまた悪である。俺が生きたファンダムの時代は争いに是非を問われない獣の世界であって、ハルマとの抗争も恣意のない純然たる命の闘争であった。この戦いは誰もが現実に体験したものでありファンタジーもフィクションも差し入る隙間がなかった。悪ではあるが、その点は、その一点だけは、言い訳だが、まだよかったかもしれないと俺は思っていたのだった。何を述べたいのかといえば、生き残るためには、犠牲を出さないためには、この争いは仕方がなかったと弁明しているのだ。愚かではないか。




 そうだ、俺は関与し過ぎた。この世界の人間達に知恵を授け道徳を授け、闘争以外の情念を、深く豊かな感情を発露させてしまった。その責任を取らなければいけない。どれだけ分不相応でもその働きをしなくていけないのだ、原始時代の、原初の導き手として、救世主として……!




 都合のいい解釈であるがこれは勿論自己陶酔や自己暗示の一種である。頭の中では冷静な部分があって、この思想はまやかしであると理解してはいたがその理知に従うわけにはいかなかった。冷静になったら、物事を俯瞰して見たら潰れていた。倒錯していなければ先に進めなかった。人を率いるというのはそういう事なのだろう。違ったとしても、俺の中ではそういう事なのだ。




「ムシク、部隊全員が動きを覚えた」


「分かった。ありがとう」





 会議から二週間。俺はハルマ攻略に向けて集団行動の習得を男達に指示していた。少数でチームを組み、複数のチームをレギオンとして運用するにあたって最適化を図るためである。元々集団で狩猟を生業にしてきた人間であるから適正はあった。初めての対人、初めての侵略戦で、初めての動き。そして指揮を執るのが俺である。数えきれない不安はあったが賽は投げられた。やるしかない。




「武器はどうだ」


「順調だよ。クロスボウは予備も含めて必要数揃えた。精度テストもクリア。問題ない」




 俺の問に答えたのは武器の生産管理を任せていた男である。彼は農具の製作に長けており十分な技術と知見があった。カイルが生きていたら、きっと彼から多くを学び素晴らしい技術者になっていただろう。非常に残念である。




「剣は」


「こっちはもう少し時間がいる。剣はこれまでの技術体系とあまりに違い過ぎる。形にはなっているが強度が足りない」


「どれくらい必要だ」


「今日試しているものが俺の予定通りのできになるなら三日といったところかな」


「分かった。だが、できるだけ急いでくれ」


「もちろんだ。任せてくれ」




 クロスボウやバリスタが生産できるというのに剣が試作段階というのはまったくあべこべで滅茶苦茶な話である。しかもその剣の鍛造方法は実にお粗末なもので、粘度の高い泥と鉄を配合して溶解。型に流し込んで適当に叩いて終わりという具合。職人が見たら激怒するだろう工程だが俺に専門知識がないためどうしようもない。だが、もし森の中で戦闘になったら確実に有利に使えるはずである。この時作っていたのは、剣とはいいつつも間合いが一回り小さい。小回りが利き、手足のように扱える。遮蔽物の多い場所での白兵戦におあつらえ向きな構造である。また、男達には同形状の木剣を訓練用に削り出し扱い方を覚えさせていた。ものができてしまえば即時に運用可能というわけである。




「ムシク、戻って来たぜ」




 今度は先兵として偵察に向かわせていたムシュリタが帰還した。

 本当は別の人間に担当してほしかったというか、ここで失いたくない人物だったので止めたのだが聞かなかったため渋々見送ったのである。そのため、無事に帰って来たときは心底安堵したものだ。




「首尾はどうだ」


「上々だよ。グレオの言っていた事は本当だ。目印通りに進んでいったらハルマの集落を見つけた」


「なるほど。どうだった」


「面白みのない、普通の生活だったよ。寝て食って過ごしている。ただ、なにか石像みたいなものがあったな。そこだけ血の色がしていたから、まぁ、そういうものなんだろう」


「そうか。目印とルートは覚えているか?」


「当たり前だ」


「よし、じゃあそれを他の者へ教えてやってくれ」


「了解」


「……」




 ……準備は整いつつあった。 

 あと少しで戦える状態になる。

 あと少しで、戦いを起こしてしまう。




 今更、迷うものか。




 覚悟は決まっていた。

 決めざるを得なかった。




 俺はハルマの人間を、殺すのだ。




 胸の中で、そう反芻していた。

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