戦いの準備4

 自分が全ての元凶だと開き直ると、悪辣な言動や極悪な行為も抵抗なく実行できるようになる。




「痛いか? 次は骨を少しずつ砕いていく。先端から粉々にしていくんだ。綺麗に折れればすぐに治るんだがな。人為的に肉ごと潰していくと回復は困難になる。皮膚の下で神経と混ざって、感じた事のない激痛が走り、お前の身体は二度と戻らない。体中が変形して物を掴む事も歩く事も困難となる。もっとも、そんな苦悩に苛まれるまでもなく、ここで死ぬかも知れないがな」




 恐怖に引き攣る少年の指をペンチで挟み、思い切り握り込むと、ギリギリとした振動が伝わり、バキンと割れる音がした。少年の声が刃のように耳に走り、鼓膜を差す。恐怖と痛みと絶望の音色だ。




「グレオ聞いたか。酷い声だ。どうして彼がこんな風に苦しまなければいけないのか。よく考えろ」


「待て、話す。お前達の知りたい事は全て話す。だから……」


「そうか。だがまだ終わっていないんだ。どうしてもっと早く言わなかった。指を潰す前ならそこで終わっていたのに、こんな苦しみなんてなかったのに、お前の判断が遅いせいだグレオ。お前のせいでこの少年がまた壊れていく。不可逆の変化を遂げていく。破壊された部位はもう戻らない。足の指も手の指も全て使い物にならなくなる。一生ぐちゃぐちゃなままだ。お前のせいだグレオ。どうして止めなかった。もっと早くに言ってくれなかった。そのせいで痛みが増していく。なぁ少年。お前は悪くないんだ。全部グレオが悪いんだよ。すまいが、もう少しだけ苦しんでもらわなきゃいけない。痛い思いをしなきゃいけない。我慢はしなくていい。できるだけ大きな声で叫んでくれ」




 再び指を壊していく。少年は血泡を吹いて失神し、痛みによって目覚める。それを何度も繰り返した。喉が完全に切れ、ガラガラとした獣のような声が絶え間なく、止まる事がない。指を全て潰すと、今度は太い釘と槌を使って脛、股、股関節、肋骨、胸骨、手首、橈骨、尺骨、上腕骨、肩甲骨、鎖骨に打ち付けていった。血と肉と皮、真っ白な骨が混然となって広がり、それまで人の形をしていたのが嘘のように変わってしまっていた。




「駄目だなこれは、もう駄目だ。動く事もできない。後は腐って死んでいくのを待つだけだ。可愛そうに。あぁ、可哀想になぁ。そうは思わないかグレオ。お前のせいでこの少年はもうなにもできなくなってしまった。頭から下は動かない」


「俺は、俺は何度もやめろと言った! なんでも話すと言った! お前が、お前が止めなかったんじゃないか!」


「そうだともグレオ。お前が本当の事を言う気がないからこの少年を拷問した。お前は嘘を言おうとしていた。適当な事を言って俺達を騙そうとしていたんだ。違うか?」


「そんな事はない! 全部本当の事を話すつもりだった!」


「信じられるものか。お前はそういう目をしている。裏切り者の目だ。ハルマの連中は弱い者から徹底的に略奪していく卑劣な連中だ。そんな連中を信用できると思っているのか」


「だったら何故俺達を攫った! すぐに殺せばよかっただろう」


「勿論それでもよかった。しかし俺は気付いてほしかった。お前達がどれだけ間違った事をしてきたか、どれだけの人間を苦しめてきたのかを」


「何を……」


「知らないとは、分からないとは言わせないぞ。お前達はどれだけの人間を殺してきた。どれだけの人間から奪ってきた。どれだけの人間の生活を壊していった。数えてみろ。考えてみろ。どうだ。お前達のやってきた事は今まさしく俺がやっている事と同じだ。それでも尚お前は。お前達は俺を責めるのか。自分達が正しいと、俺達が間違っているとそう言うのか」


「俺は……しきたりに従っただけで、そんなつもりは……」


「そんなつもりはなかった。ならばお前はお前の意思で動いていたのではないと、掟だからそうしてきたと、それだけなのだと言いたいのか」


「そうだ……俺のせいじゃない……俺は、ただそうしろと言われたから……」


「誰に言われた」


「長に……一番偉い人間に、お前はハルマの中で最も強い精神があるからと……一番働いてくれていると……」


「その言葉を信じて罪もない人間を傷つけてきたのか。なるほど。どうだった。人を殺した時の感触は、助けを請う声は、略奪された人間の涙はどうだった」


「やめてくれ……やめてくれ!」


「どうしてやめてほしい。お前はしっかりハルマの人間として働いてきたのだろう。長の教えを遂行してきたのだろう」


「俺が、俺が悪かった……多くの人を苦しめてきた……どうしようもなかったんだ……どうしようも……」


「グレオ。お前は今、後悔しているのか。これまでの行為は間違っていたと悔やんでいるのか」


「そうだ……俺は間違っていた……すべて、すべて間違っていたんだ……俺は……俺は……」


「分かった。グレオ。今ようやく、俺はお前を信じる事ができるようになった。今ならお前の言う事が本当だと信じられる。さぁ、教えてくれ。ハルマの事を、何故俺達を襲うのかを」




 グレオは涙を浮かべて俺に縋りついてきた。完全に心が折れたのだ。これから吐き出す言葉は間違いなく本当の事だと確信ができる。何故なら、彼の目にはもう、殺意も敵もなく、救いを求める弱者の眼差ししかなかったからである。


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