北の森の住民9

「何が起こったのか説明してもらえるか?」




 騒然としている中で俺は努めて冷静に女へ質問を投げかけた。




「私も途中からしか見てないんだけど、なにか、森の連中と揉めてて、そしたらいきなり刺されちゃって……」


「ハルマの人間はどうした?」


「カレイツが倒れてからも何度か獲物で刺していたんだけど、しばらくしたら急いで森の方へ行っちゃった。それで……」


「なるほど分かった。現場へ行こう」




 女の話を遮り立ち上がる。長く話を聞いている余裕はない。俺は半分走るような速度で見張り役が襲われたという現場へ向かった。




 「酷いな」




 村の入り口に、血の臭いと共に男の死体が転がっていた。遺体にはおびただしい数の傷跡があり、表面がミンチのようになっていて酷い有様であった。




「心臓を一突きにされている……これが致命傷だな。背中まで達しているな。相当な威力だったんだろう」




 他の傷は内臓付近でとまっている事から、見張りを殺した奴は初撃で胸部を貫き、倒れたところを槍状の獲物の穂を持って身体を耕していったのだろうと推測できる。まるで怨恨殺人だ。




 あまりに惨いが、これも儀式のようなものなのだろうか。それとも俺達に対する警告か? 




 猟奇的な犯行に意味を見出そうと想像力を巡らせる。どうせ分からないし、分かったところでどうなるものでもないというのに。




「ムシク」



 まじまじと遺体を見ていると、男が震える声で俺を呼んだ。




「これでも放っておくのか、防衛に徹するというのか。仲間が死んだというのに、これだけ酷い事をされたというのに、お前は、弔いもしないというのか!」


「……」


「答えろ、ムシク!」




 言われるまでもなく状況を判断する中でやり切れない気持ちはあった。大切な命が一つ失われてしまったという現実を目の当たりにしてひりつくような思いをしていた。村に帰ってきた際に見張りを増やしておけばこんな事態にはならなかったかもしれないという後悔も生まれていた。その場で膝を突き、絶望に打ちひしがれながら死んだ男に許しを請いたいとさえ思っていた。だが、それでは前に進めない。問題の解決には至らない。感情を殺さなければ次に取るべき行動と選ぶべき選択を誤ってしまって、より多くの被害が生まれてしまう。俺は、どれだけ苦しくとも、辛くとも、圧し潰されそうでも、冷静にならなければならなかった。次の一手のために考えをまとめなくていけなかった。

 しかしそれでも尚、分かっていても、頭の中はぐちゃぐちゃで、どうにもまとまりがつかないでいた。




「とにかく、カレイツの遺体を運ぼう。この後の事は少し考える」



 

 具体的な内容は何も思いついていない。落ち着いた未来の俺に託すしかないと、無責任な言葉を発する。




「ムシク!」


「……分かっているよ」


「分かっているなら答えてくれ。お前は、俺達はこれからどうする、どうしたらいい?」


「考える。今は、それしか言えない」


「何を考えるってんだ! 今更!」


「……」




 本当に、何を考えたらいいんだろうな。




 男の怒声を受けて間抜けな事を考える。俺はどうしたらいいのだろうと漫然とした自己問答。周りの感情を受けてそれに迎合すれば気持ちの面では楽かもしれないし、最悪の結果を招いたとしても俺の責任にはならないだろう。集団の意思を尊重したといえば誰も文句は言えまい。だがそれでは組織として破綻している。衆愚の末の破滅などどれだけ美談調に整えても悲劇だ。名誉や誇りを伴う死への賛美を俺は望んでいなかった。生きて幸福に、命ある事に歓びを抱いて欲しいと願っていたのだ。




「このままハルマを放っておく事はない。守勢一方になる考えは捨てる。そのうえでどうやって上手く進めるか、被害が出ないようにするか段取りをつける。今はそれしか言えないが、信じてくれ」


「……」




 心からの言葉を口にする。これで納得ができないと言われたのであれば腹を括るしかない。俺の人徳のなさが要因である。そうなったら無駄死に覚悟で北の森へ攻め入るつもりだった。俺自身も戦列に参加するくらいの自棄を起こすしかないと思っていた。




 なんとでも言ってくれ。なんでもするよ俺は。もうこうなったら死にたくないとか楽に生きたいとかいっていられない。人が一人死んでいるんだ。その事実は変えようがないんだから。




 誰に対して述べるでもない当てつけのような言葉を心中で吐き続け俺は男の言葉を待った。なんなら「負け犬」と罵られる事を望んでいたかもしれない。ともかく、もう考える事に疲れてしまった。死にたいわけではなかったが楽にはなりたかった。成り行きで没してしまえば責任も何も関係なくすべて放棄できる。痛みや恐怖を度外視すればそれはそれで魅力的な末路だなと思ったし、自分でも施す術のない馬鹿者の考えだなという自覚はあった。時流に任せて生き死にを決めるというのは古今東西ありふれた話であり、愚かな人生決定の一つである。


 ただ、この時代の原始人は、思いの外利口であり、合理的な判断を下すのであった。




「分かった。お前が決めた事はこれまで間違っていなかった。ムシク、俺は、俺達は、お前を信じる」


「……ありがとう」




 責任の重さがまた増えた。

 玉砕覚悟の無謀な特攻は回避できたが、また身の丈に合わない重大な判断をしなければならない立場となり、心臓が痛んだ。名誉の死を選ばなくとも土の中に還る可能性があるなと、冗談を心底で呟く。誰も笑ってはくれない。俺も、笑えはしなかった。


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