北の森の住民5
へとへとになりながら集めた情報をまとめると、ハルマの連中は危険だという事であった。奴らは他部族のテリトリーでも構わず侵入し狩猟を行うという。それ自体は条約などが定められているわけでもないため蛮行であっても許容されるわけだが、問題なのは他部族が狩猟を行っているところに鉢合わせた場合、攻撃対象として襲撃してくる点であった。如何にルール無用の原始世界といっても横奪からの先制攻撃は無法が過ぎる。襲われた部族は意趣返しをすべく一致団結しすぐに北の森へ向かってハルマを討ち滅ぼさんとしたらしいがあまりの猛攻により撤退を余儀なくされたとの事。他の部族からは女を攫われたりだの備蓄していた食料を奪われただの村ごと襲われただのと暴挙の例には暇がなかった。ハルマの周辺にある部族の多くは住処を移したが、それでもなお、連中の影に怯えていた。
「知恵が働く分、奴らは獣より質が悪いよ。早く滅んでほしい」
自らが生まれた集落を滅ぼされ仲間を皆殺しにされたという人間が憎々しく話をしてくれた。
総合的に判断し、俺はハルマの連中が不幸を拡散していると確信したのだが一つ腑に落ちなかった。それは、何故俺達の集落とそのエリアにだけは手出しをしてこなかったのかという事だ。距離的に決して近いというわけではないが、さりとて遠いというわけではない。十分に奴らの射程圏内。それがなぜ侵略されずここまでの拡張を許してきたのか。しかも、俺とムシュリタとて一悶着がったのにも拘わらずである。
奴らの中で独自ルールがあるのか、それともこれも有力者の判断か……
どれだけ考えても推測の域を出ない以上無駄な思案であるが、知り得た情報からはそれ以上のステップには進めなかった。結局のところ、皆が口を揃えて言うのは「ハルマは恐ろしい」「ハルマとは関わりたくない」という事だけ。分析も究明も進んでない以上は進展など見込めるわけがない。
となると、潜入して自分で調べるしかないが……
俺は震えた。アンバニサルにおいてネストに侵入した事を思い出したからだ。俺のために老人が死に、破滅への要因となったあの行動と同じような真似をするという決断はしかねた。結果として、あの行動は世界平和という観点から見れば正解だったのかもしれないが、身の程の弁えない蛮勇を再び振るうのは賢明ではないし悲劇を生む可能性も十分にある。軽率な行動は、今度こそ控えるべきであると俺は己に言って聞かせた。
妙な事を考えるんじゃないぞ。できる範囲で、可能な事をやるんだ。今だって、ただでさえ過剰な責任を負いそうだというのに。そうだ、そうだとも。村の指導者にならねばならないのかもしれないのだ。あぁ、嫌だな。
カオ様の後継者について想起してしまい、再びナーバスとなる。
いっそこのまま全てを捨てて何処かへ逃げてしまいたかったがそれでは余計に死ぬ確立が高くなる。俺は一人で狩りもできないし外敵から身を守る事もできない。自身の命を村とそこに住まう人間達に委ねなければならない、か弱い一生命なのだ。
しかし考えてもみれば人間などどの世界、どの時代だってそうなのかもしれない。現代日本だって法と技術によって整備されてはいるがその制御や管理は誰がしているのか。自分が飯を食い服を着て夜でも安全に出歩く事ができ、家で暑さ寒さを防いで快適な環境で過ごし糞尿を垂れ流せるのは誰のおかげなのか。俺が会社のストレスを発散している間、他の人間のために働いている者が確実にいる。名前も知らない誰かのために働く。そうした社会的活動により、人類は発展してきた。共存共栄こそが人間の持つ最も強力な能力ではないかと思える程に、相互扶助の効果は高い。
だが、俺はこうも考えた。
だったら、俺はこれまで、誰に対して何をしてきた。
少なくとも日本にいる頃には誰かの生活のために役立つような働きはしてこなかった。月に幾らかの金を稼ぐためによく分からない仕事を嫌々と続け誰のためにもならない業務にあたる毎日。俺は誰かに生かされてはいるが、誰かを生かすような存在ではなかったのだ。
そのツケがこの連続転生だとでもいうのか……馬鹿馬鹿しい!
そんな非科学的な事があってたまるかとこの時の俺は己に言って聞かせたのだが転生などという元生きてきた世界の技術や常識から大きく反れる事態に現在進行形で直面しているという事実を鑑みると論理的ではない。当時の俺だってそんな事は分かっていたのだが、それでもなお、業や宿命のようなものを否定したかった。俺がこれまでどれだけの人間の手によって助けられ、どれだけの人間の手によって生かされてきたのか想像もつかないからである。そのツケをこの先払うとなったらどれだけ生まれ変わり続け世のため人のために尽くさねばならないのだろうかなどと思案すればたちまち狂気となりなにかしらの失調症状が出ていただろう。正気を失う事はなかったと思うが、健康を損ねる危険性は多分にあった。直視は避けたいところで、論理性を失うのも至極自然な成り行きである。つまり、この否定は自己防衛のための逃避行動だったのだ。
この逡巡によって視野は狭くなり注意力が霧散していた。そして、気付いた時にはもう遅かった。情報収集の帰り道、村までの長い帰路。そこを進む俺の前には、ハルマの男が数人立っていたのだった。
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