原始生活3

「中はこんな感じだよ」


 部屋の中は簡素であり草で拵えた布団とラグがあるだけのほぼ伽藍堂であった。家具や意匠を凝らす暇などなかったし、突貫工事は緩やかならぬ隙間風や傾斜を生み現代日本の建築基準で査定すれば考えるまでもなく欠陥住宅に認定される事間違いなかった。快適な生活を送るには住民の方が創意工夫を凝らさなければならない傲慢な造りである。




 もう少し時間をかければよかった。




 考えても後悔先に立たず。先走り、向こう見ずに実行してミスを連発するのが俺だ。


 しかし、それでもなおプライベートの保証された空間というのは絶対的な安心感を得られるもので、その心地よさは得難いものがあったし、エーラも同じようだった。




「なんだか落ち着くね」



 草のラグに座るエーラは気の抜けた顔をして一息落とし油断していた。隙を見せるという事は安住している証拠だ。所感は上々。このまま食べて寝てを繰り返していただければ屋外での生活には耐えられなくなるだろう。そうなれば万事上手くいく見込みが立つ。プレハブ以下の建物だが、それが彼女の生活水準を飛躍させたら、その事実が群れに伝わり家に住むという概念が定着。晴れてプライベートが確立されるという青写真。エーラには、是非とも最低限文化的な生活に染まってくれなくては困るのだ。




「なんか、喉乾いちゃったな」


「あ、木の実おいてあるから食べて食べて」



 エーラの機嫌を損ねるわけにはいかない。彼女のレビューが今後の発展に繋がるのだ。左団扇、別天地の居心地でいてもらい、ポジティブコメントを伝播していただく予定。格別のもてなしを提供する所存で、貯蔵していた木の実を渡す。




「ちょっと渋いね」


「渋い方が好みなんだよ」




 この辺りで採れる木の実は酸味か苦味が強いものが多く、だいたいの人間が酸味の強い方を好んでいた。




「私、酸っぱいのがいいなぁ」


「……」


「酸っぱい木の実、ない?」


「……採ってくるよ」




 ……格別のもてなしを提供する所存である。

 俺は扉を開けて木の実取りに行くため外へ出た。陽の沈みかけている中で行動するのは危険であるがやむを得ない。急げば暮れる前に戻ってこれると判断。足早に前へ進んでいく。




「待て、ムシク」




 こんな時に限って呼び止められる。誰だと思い振り返ると、ムシュリタだった。

 ムシュリタは俺より三つ年上なだけだったが槍、斧の扱いに長けていて罠の仕掛けも上手かった。若年ながら群れ一番の狩人である。




「こんな時間にどこへ行くんだ」


「エーラが木の実を食べたいというから採ってくるんだよ。酸っぱいやつを」


「なぜお前がエーラの分を取ってくるんだ」


「欲しいというからだよ」


「無視すればいいだろう」


「別にいいだろ、なんだって」


「よくない。この時間は獣が活発になる。獲物が使えないお前じゃ危険だ」


「なんてことないさ」


「斧も槍も使えない、罠も張れない。おまけに身体もできていないのに、どうするというんだ」


「なんとかするのさ」


「やめておけ」




 埒がなかった。

 ムシュリタがここまで引き下がるのには理由がある。彼は、エーラとの間に子孫を作りたがっていて、他の男が彼女の気を引くのを阻止したいのだ。

 そのようなまどろっこしい真似をせずとも、モラルも何もないのだから好きにすればいいと思われるだろうがそれができない。この時代は基本乱婚であり別に許可もなく自由に性交する事が一般的であったが、俺が属している群れには性交にルールが存在していた。内容は単純。交わる相手は女が選ぶというものであり、男側に決定権がないというものである。

 ヒエラルキーとしては狩猟のできる男が頂点であり。ムシュリタのような若く力のある男は普通、どれだけの無法を働いても咎められる事はない。それどころか、力の象徴として無茶苦茶をやればやるだけ尊敬を集め畏怖の対象となる。まさしく、原始時代の英雄としての立ち振る舞いが求められるわけである。だが、ルールのためにそれができないのだ。

 本来、こうしたルールを定めている方がおかしい。強き男は基本どこへ行っても歓迎される。ではなぜこの群れはそんな特殊な社会性を築いているかというと、男性優位で性交し生まれた子供よりも女性優位で性交し生まれた子供の方が丈夫で筋力も強く器用になる傾向を発見したからである。自然界の中でも雄が求愛し雌が承認をするというシステムはポピュラーであるから、遺伝子学的な要因が、何かあるのかもしれない。

 この話題への科学的アプローチについては門外漢であるためコメントを差し控える。とにかく、暴力を背景にした姦通は認められていなかった。それ故に、男は女のために身体を張り食料を渡したり肉体美を強調するようなファンダメンタルなダンスを行ったりしていた。先述した通りエーラは雌の力が強く人気があるのだが、そのうえでムシュリタは彼女を独占したくて堪らないのだ。だから俺が部屋を出たタイミングで声をかけた.、ずっと見張っていたのである。こういう手合いには飴をくれてやるのが一番手っ取り早い。




「よし、分かった。なら、ムシュリタがついてきてくれよ。木の実は君から渡せばいい」


「なに、いいのか」


「構わないさ。その代わり、獣が出たら頼むよ」


「よし、任しておけ!」




 すんなりと了承。同行。ナレッジの蓄積がない人間はまったく素直だ。野性味が過ぎるが、アンバニサルと違って駆け引きのない人間関係は実に気楽だと思った。


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