原始世界ファンダム
原始生活1
照りつける太陽光を真っ直ぐ受ける赤い大地は踏みつけるとぼろぼろと崩れた後、溶けたチョコレートのような粘性を持つ土が露わとなって、ひんやりと足を包むのだった。
地獄のようだ。
足爪に入った土片を憎々しく睨みながら恨み言を心中で唱える。アンバニサルにてハイテクノロジー下での生活を経験した直後に襲う原始の生活。衛生観念をリセットするには相応の時間が必要で適応するのに大変な苦痛が伴ったし、六年経過してもまだ受け入れ難い文明の精神が俺には宿っていた。技術水準の低下は中々に割り切れない。
だがそれでもなお俺はこう思った。「このような世界でも生きていかなければならない」と。
自死に至らず、あまつさえ生きたがるとはどうしたものかというと、無論ハルトナーの影響もあったが、この世界で余儀なくされる剥き出しの生命活動が俺に命への執着を与えたのだ。
産まれ、育ち、粗末な衣食住と過酷な環境に晒されると、耐え難い苦痛の中であっても命、生への、崇拝に似た渇望が芽生えた。生きねばならない、死ぬわけにはいかない。そんな生物の持つ当たり前の仕様が絶対的な指針として宿ったのだ。原始世界において生きる事はなにより重要な事である。これまで学んできた事など戯れだ。如何に高貴な精神も崇高なる叡智も、この生きるという純然たる自然活動の前には霞んでしまうだろう(ヘンリッタ辺りが転生したら死を選ぶかもしれないが)。
しかしながら、この超自然的原始世界の生活はいささか時間を持て余し気味だった。やる事がとにかくない。大人は明るいうちに狩猟、採集、建築、得物の整備、製作等に勤しみ、後は食う寝る排出性行為である。子供はなにもないため余計に手持無沙汰。夜になれば原初の儀式が行われ、幻覚作用のある草や木の実を発酵させた酒のようなもので意識の喪失を楽しむといった具合。この儀式はヤパと呼ばれ習慣化されていた。
当然身体にいいはずがなく体調不良者が続出。ただでさえ低い平均寿命と高い死亡率を加速させる狂気の宴であったが、彼らにはなくてはならないものだった。長い夜を睡眠だけにあてるには、知能がつきすぎていたのだ。暇との戦いは、まったく歴史深い事だ。
そんな刹那的な、畜生界と修羅界を併合させたような世界において俺は何をなすべきかを考えていた。コアの要求に従い世界を救うなどまっぴらだったし、仮にやろうとしても俺の器ではない。望めばアンバニサルのように必ず不幸となる。それに、この世界の滅亡要因もやはり分からないままだったから、動きたくても動けないというのが実際のところであった。どう滅ぶのかコアに聞くと「天変地異が起こります」との事だったが案の定、過程が不明。どこかにいるシュバルツを殺さなければ解明できないのである。
原始世界でどうやって世界を滅ぼすような天災を引き起こすのかまるで想像できなかったが、どうせ救う気もないんだから考えるだけ無駄だったため俺は思考を閉じた。が、目的もなく原人として生き原人として死ぬのもまた無益である。この世界の、この時代の成人寿命は三十年程。どうせすぐ死ぬのだからその間に有益な行動をしたいと思った(生への渇望が欲求へと変化したのかもしれない)。大地を踏みつけて棒立ちしているのは、そのためのルーティンのようなものだ。
「ムシク、今日もぼけっとしちゃって、変なの」
立ち続ける俺の肩を叩いたのは群れの雌の一匹……いや、女の一人であるエーラであった。ちなみにムシクというのはファンダムにおける俺の名である。
「生きる事について考えてるんだ」
「そんな事考えてどうするの? お腹が空いたらご飯を食べて、眠りたかったら眠る。あとはヤパをして、子供を作って、それだけじゃない」
「何のために生きて何のために死のか、考えた事はないのかい?」
「ちっとも。だって、私はこうして生きているし、いずれ死ぬんですもの」
「……」
「ムシクもそんな事考えてないで、槍や斧の使い方や罠の張り方でも覚えた方がいいと思うよ。そうじゃないと、のけ者にされちゃうんだから」
「……」
「じゃあねムシク。さよなら」
「……」
言いたい放題言って、エーラは走ってどこかへ行ってしまった。
彼女の言う“のけ者”とは、言葉の通り"除かれる"という意味である。
群れでは各々が仕事を担当し、その如何によって食事の分配がなされるのだが、仕事ができないと判断されれば食事は配られない。動ける間に食っていけるスキルが身につけばよし。そうでなければ餓死するか、食料を誘き寄せるための生餌にされるかである。
俺の属している群れの中では六歳までは無条件で食事が与えられ、七歳から問答無用で結果を求められた。外資系企業も驚く成果主義ではあるが、権利もコンプライアンスも浸透していない世界であるから泣き言もいっていられない。やるかやられるか、それだけだった。
……エーラの言う通り、そろそろ何かしないとまずいな。
生きるか死ぬかの岐路。何もできなければ、死ぬ。そんな世界がファンダムである。
いい頃合いかもしれんな。
実の所概案はあった。
俺は土に塗れた足を動かし採集場へ向かった。香草の現種や木の実の種、麦を手に入れるためだ。俺が実施する、原始の世界で生きていくための最初の一手、それは、栽培である。
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