読めない心5
ヤーネルを失った後どうするか。ウィルズを後ろ盾にして人工惑星を設置。然るべきタイミングでネストで行われている暴挙をリークして国民を煽動。そのまま政治家に転身し方を付ける。処理しなければならない問題は山積みとなっていたが、ネストの件が社会に出て明るみとなれば俺よりも優秀な有識者が頭を捻ってくれるだろうから、後は任せればいい。俺にできるのは潮目を変える事とネスト難民の安全を保証する事。それ以外は手に余る。
俺にしかできない事を……俺がやらなければならない事をやるんだ……それが、使命だ……
半ば強引に自分を納得させる。ここまで来たらもう、やるしかない。
「やぁ、考えはまとまったかな」
ウィルズが戻ってきたのは彼が退室して九十分が経過した頃だった。約束よりも三十分余計だったのはあえてなのか意図せずなのか、計りかねた。
「……そうですね。腹は決まりました」
ヤーネルを裏切る。
それが結論だった。
俺が提供した情報はヤーネルの不正会計である。彼はネオラブルのような企業に投資する傍らで私財と企業資金を意図的に混在させて脱税に手を染めていた。手口は巧妙だったが種が割れていれば見抜くのは造作もない。俺は帳簿の公開請求を勧め、ヤーネルが会社と連絡を取りづらくなっている日を教えた。
「なるほど。それではその日に遊びに行ってみようかな」
邪悪な笑みを浮かべるウィルズに嫌悪感を抱くも、その笑みを引き出したのは俺である。奴を非難する権利はない。もはや賽は投げられた。進む以外に道はないのだ。
「ウィルズさん。一つ、ご相談があるのですが」
「なにかな」
「ヤーネルさんが失脚したら、いただきたい物がございます」
「私に用意できる物ならなんだってあげよう」
「占領後放置されている非公式のネストを幾つかください」
「なるほど。それを使って君の王国を作るつもりだね」
「はい」
「しかしねぇ。それは私の管轄外だよ。私は商務省の副局長。期待には応えられそうにない」
「でしたら、私の方も協力は致しかねます」
「……おかしな事を言うね。君はさっき、ヤーネルの不正会計を告白したじゃないか」
「そうですね。貴方しかいない部屋で、貴方に向けて言いました。秘書の方以外、他に誰も聞いていません」
「……」
事実はまだ公になっていない。俺が今回の事をヤーネルに伝えればいくらでも誤魔化しは効く。そして、そうなればヤーネルは二度と尻尾を掴ませはしない。この機会はウィルズにとってまたとないチャンスであり、逃すわけにはいかないのである。難色を示すふりをしていても、必ず要求を呑むという確信があったし、呑ませる手は用意していた。
「私は商務省副局長にお願いしているのではありません。過去、輝かしい経歴を持ち、今尚財界と政界に強い影響力を持つウィルズ議員にお願いしているのです」
「買い被りすぎじゃないかなアシモフ君。私にそんな力はないよ」
「そうでしょうか。貴方は僕が何を求めてくるか知っていたし、それを用意できる力もあるから今回、交渉という手段を取ったのではないですか?」
「さて、どうだろうね」
「ご用意いただけるなら、アンデックスがこれまで行なっていた違法な情報操作について、根拠付きでご提示いたしますよ」
「ほぉ……」
ヤーネルが俺とアシモフグループのために汚した手を、交渉の材料に使った。
「ネストを手配いただければその日中にご共有いたします。不正会計だけでは刺しきれない可能性もある。これは、貴方にとって必要不可欠な情報です」
「……分かった。廃棄前のネストを回そう。建前上タダでというわけにはいかないから、後で回収できるようにしておくよ」
「ありがとうございます」
「それじゃあ、今後は手を取り合っていこうか。国の発展のために、お互い頑張ろう」
「……」
差し出された手を握ると、悪魔と契約したような気分になった。その代償はいずれ払わなくてはならないと予想しながらも、俺は固く、握手を交わした。
ヤーネルが逮捕されたのはそれから三ヶ月後の事だった。罪状は脱税。私文書偽造及び公文書偽造。不正アクセス禁止法など二桁に上る疑いで立件。長い係争が始まる。同時に、俺は外務省経由で廃棄予定のネスト十五機を受領。急ピッチで全点検、改修を開始した。また、ヤーネルが失脚したアンデックスはウィルズの息が掛かった人間が代表となり、俺も外部顧問という役員のポストを与えられた。これは実施アンデックスを自由に使える事を意味しており、ウィルズから依頼があれば協力を断れない立場となったのである。俺の権限によってアンデックスを政治利用のための道具として利用しなければならない。アンデックスとディディールの理念から、大きく外れている。
「ヤーネルさんの面会にはいかないのかい」
時折投げられるウィルズの露悪的な言葉に奥歯を噛み締める。だが恨むべくは奴ではない。全て承知のうえで実行に移した、俺こそが諸悪の根源なのである。
本当にこれでよかったのかと悩まない日はなく、毎日心臓が痛んだ。あの時あの場所に戻ったら同じ決断を下するだろうか、答えは、出しかねる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます