艦の中で2
「痛みはまぁ慣れるよ。男の子なんだからそれくらいは我慢しなきゃねぇ」
「はい……」
「どうしても我慢できないというのなら痛み止めもあるけれども、打つかい?」
「あ、いいえ、結構です」
「結構です。結構ですか。丁寧な言葉を使うね君は」
「あ、勉強しているものでして」
「そうか。そうだったね。聞くところによると、君は学年で上位の成績らしいじゃないか。素晴らしい。勉強。いいじゃないか。人間は学ぶべき事が多くあるから、是非精進してくれたまえよ」
「はい……」
「ところで話は変わるけれど、君はどうしてネストにいたのかな?」
「どうしてと言われましても……」
「どうしてあそこへ辿り着いたか、覚えてないのかい?」
「そうですね……なにしろ、パニックでしたから……」
「パニック。そうか。そうだね。港で爆破事件があったんだ。そりゃあ怖かっただろうし混乱もする。指示に従って避難しなかったのも、混乱していたからかい?」
「そうですね。最初は流れてくるアナウンスや職員の方の指示に従っていたのですが、皆それぞれ動き出しているのを見て、本当に避難誘導に従っていいのか怖くなってしまったんです」
「なるほど。それで?」
「それで? とは?」
「その後だよ。君は避難誘導を無視して、どうしたんだい?」
「……とにかく不安になってしまったので、自分で避難しようと思い安全そうな場所を探しました」
「それで、どこにいたのかな?」
「しばらく探していたら誰もいない部屋を見つけたので、そこにあった、果物が入ったコンテナの中に隠れました」
「それは随分と軽率だねぇ。もっと他に隠れられそうな場所はあっただろう。それに、スタッフの他、あの場には軍人もいたはずだよ。彼らに助けを求める事もできたはずだ。どうしてそれをしなかったんだい?」
「……」
男の話は聴取に変わっていた。最初からその目的でやってきたのかどうかは定かではないが、いずれにせよここでの話は報告書にまとめられる。慎重に、整合性を保って話を進めていかなければならなかった。
「すみません。焦っていて、混乱していました。多分、ちゃんとした判断ができていなかったんだと思います」
「確かに、子供一人で港にいる時、急に避難警報が出たんだ。無理もないね」
「そうですね。非常に不安でした」
「なるほど。しかし解せないのはね。それだけ丁寧な言葉遣いができて勉強もできる君が、いくら混乱して不安な気持ちになっていたといっても、そこまで前後の記憶が曖昧になったり、助けを求めず自力で避難をするなんて判断をするものかな」
「現に、してしまっているので……」
「そう。現実に起こっているんだ。君は、客観的に見て不可解な、こちらが想定しないような行動をしているわけだよ。そこが引っかかっていてね」
「失礼ですけれど、あなたはどういった理由でそんな事をお聞きになるんですか?」
「そうだね。私は嘘が苦手だから本当の事を言っちゃうんだけど、偉い人に君がどうやって港からネストへ移動したのかを聞いてくるように頼まれているんだよ。別に“混乱していて自分で避難を実施。避難先がネストへ搬送する物資の中だった”と報告してもいいんだけれど、状況整理をして再発防止をしなくちゃいけないから、申し訳ないけどこうして詳しく聞かせてもらっているというわけだよ。更に言うなら、君のおかげで検査体制がより厳重になる事が決まったんだ。具体的にどう仕組化していくのかをまとめなきゃいけなくって、その仕組みの中に今回の件を事例として織り込みたいから、詳細を知りたいというわけだよ」
「そうなんですか……すみません……」
「おや? どうして謝るんだい?」
「いえ、 僕のせいで色々面倒な事になるなと……」
「いやいや。むしろ感謝しているくらいさ。現状の仕組みに穴があると分かったわけだし、それを埋められるわけだからね」
「はぁ……」
「ただひとつ。今回の問題で責任者は処分されるし、関わった人間も何らかの形で罰せられる。それは伝えておくよ。あぁ、勘違いしないでほしいんだけれど、これは君を責めているわけじゃないんだ。ただ、事実としてそういう事があるという事を知ってほしいんだ。自分の行動がどういう結果をもたらしたか、しっかり考えてほしくてね」
「……はい」
「それで、話の続きなんだけれど、君はコンテナに入ってからどうしていたのかな?」
「そのままじっとしていて、いつの間にか寝てしまっていました」
「寝てしまったのかい?」
「はい、恐らく脳がストレスに耐えられなかったんだと思います。随分精神的に追い詰められていましたので」
「なるほど……それから?」
「それからは、気付いたらあそこに……ネストにいました。外に出てみると真っ暗で、全然何があるか分からず、またすぐにコンテナへ戻りました」
「そこで何かなかったかい?」
「分からないです……ただ、僕がコンテナに戻った後、なにか物音がしていた気もしますが、怖くて果物の中に潜っていたので、何があったのかは分かりません」
「そうか」
男はずっと目を切らさず俺の方を見ている。発言以外に挙動にも注意しなければならないのは非常に大きな負担であった。
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