銃9
「ヘンリッタ様の気高さは、誰もが知るところです。真の貴族たらんとする姿勢は、大変素晴らしいものではないでしょうか」
一間考え、俺は正直なところを述べた。正直というのは嘘は言っていないという事。言葉にした部分に偽りがないという事だ。俺はヘンリエッタに対して苦手意識を持っていたが、今それを口に出す時ではないというのはいくら何でも分かっていた。そういう部分を差っ引いて述べた彼女への賛辞に偽りはない。俺は彼女の気高さそのものに対して悪し様に評した事はないはずだ。
「それは慰めかしら」
「そう捉えられたのであればそれでもかまいません。しかし、安易な言葉を使えばヘンリッタ様のお心を悪くすると、私は知っています。あえて申し上げますが……私は本当に、ヘンリッタ様の高貴さを尊いものだと感じています。それ故、私などは何度もお叱りを受けましたが、そこから大変多くを学ばせていただきました。いつぞやに手紙をお送りいたしましたが、そこに記した通り、感謝しております。ヘンリッタ様がいらっしゃらなかったら私は神学校に入学できていなかったかもしれませんし、入学できていても挫けていたでしょう。改めまして、ありがとうございます」
感謝を言葉にすると蟠りが解けた気持ちとなった。ようやく、一個の人間として対等に話し合えた気がした。貴族と平民という差はあれど、通じ合う友情は確かにある。そう感じた。
それはヘンリッタも同じのはずで、彼女の視線には親愛の念が込められていた(俺が勝手にそう思っただけなのだが)。
「貴方って、普段は感情を表に出さないから分かりにくいんです。この前いただいた手紙だって、本当かどうか疑っていたんですよ」
「申し訳ありません。喜怒哀楽をどう表現したらいいか分からず」
「その言い回しだって気取ってる。貴方は人に自分を知られるのが怖いだけ。ご自身の矮小な部分や他と違うところが露見するのを恐れている。必要以上に人目を気にして、ご自身が正しく見られるように努めているのです。昔からね」
「他者の目は、気にしています。よろしければ、改善のため助言をいただけないでしょうか」
「……私の事は一旦棚に上げさせていただきますけれど、よろしいかしら?」
「よろしくお願いいたします」
「……人目を気にしているという意味では、私も貴方も変わらない。私も、あなたの仰るように貴族たらんとしています。体裁のためにね。けれど、明確な違いがあるのはお分かりかしら」
「教えていただけませんか」
「進むか退くかの違いです。私は自分から周りに向かって進んでいます。虚栄を保つために、付き合いたくない高貴な方々とも午後にお茶を飲み、夜には宴の席を共にしています。けれど貴方は、怖い、嫌だと言って人との関わりを避けている。ご自身に対して辛辣な言葉を吐く人から退いている。だから注目されたり目立つ事が苦手なんです。否が応でも、人と関わらなくてはいけなくなるから」
「仰る通りです」
「貴方の生き方が間違っているとは思いません。また、貴方は貴方でちゃんと努力している。偉そうな事を申し上げておりますが、私は所詮虚栄のためにやっている事。貴方の功績と、そのために築いてきた知識の量は大変素晴らしいものです。私が体裁を取り繕うために行っている交際などとは比べるまでもございません。加えて、私は今こうして自身の無力と意思薄弱に対して逃避しています。貴方の方が余程強い。けれど、今一度申し上げますが、それを承知で、自分を棚に上げて言わせていただきます。よろしいですか?」
「是非、お願いいたします」
「分かりました……貴方の人生をどう生きるか。これは貴方にしか選べません。私がどうこう言う筋合いもない。けれど、貴方には友人がいるはずです。その友人が、胸を張ってオリバー・ロルフは素晴らしい人間だと誇れるような人物になるよう努力してください。現に私は入学式の時に恥ずかしい思いをしました。彼は大変優秀ですと周りに言って回っていたんですからね」
「それは……申し訳ございません」
「これまでの貴方の努力。そして今の貴方の決意。これらは誇らしく、胸を張るべきものです。だからどうぞ、その偉大さを私に讃えさせてください」
ヘンリエッタと視線が合った。彼女は俺に返事を求めている。そして俺は、彼女の求めている答えを知っている。それを口にするのは大変勇気がいる事だったがしかし、ここで一歩踏み込まねば一生何もできないままに終わるぞと言い聞かせ、奮起した。
「……お任せ、ください」
相変わらず自信はなかった。ただ、ヘンリッタの前では強がりたくなった。彼女やハルトナーが胸を張って誰かに紹介できるような人間になりたい。そんな一心で、俺はらしくもない虚栄を見せた。
この気持ちは一過性のもので、時が経てばいずれ元に戻るのは目に見えていた。人間の本質は余程でなければ変わらない。それでもよかった。ただ、少しの間、シュトーム将軍とやらに銃のプレゼンテーションを行うまでの間続けばよかった。後はどうでもいい。残りの人生など野となれ山となれ。ほんの僅かな、限定的な決意があるだけでよかったのだ。そのために、一時のために俺は、ヘンリエッタにある事を願った。
「ヘンリッタ様。お願いがございます」
「なんでしょうか」
「もし、今私が作っている兵器が正式に採用されて後に平和となったら、あの時にお渡しいたしました手紙の返事をいただけませんか」
あの時の手紙とは無論、図書室での一悶着の際に渡したものである。未だ、彼女から返事をもらっていなかった。
「……分かりました。お渡しいたしましょう。必ず」
「ありがとうございます……!」
俺にとって友人からの手紙は特別だった。俺に勇気を与えてくれるものだった。ハルトナーから貰った、何通もの手紙に返事を書いてももう戻ってこない。その上書きといったら酷く軽薄なわけだが、新たな友情の始まりだと言い換えたら、多少は美談めいた伝わり方をするのではないだろうか。まぁ後世の事などどうでもよかったのだが、“オリバー・ロルフはヘンリエッタ・ズィーボルトに手紙の返事を催促し、無暗に友情を証明しようとした”くらいは書かれるかなと考えていて、失笑を催した。
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