第2話 行けますか

 買い物に連れて行かれた二日後、咲子は玄関で慣れないローファーに足を入れていた。後ろでは昼食を作り終えたエプロン姿の母が腕を組んでその様子を見ていた。


「靴、入った?」


咲子はさっきから踵の部分を執拗に触っている。


「いや、これは、少々、でかすぎる」


母の機嫌を悪くさせないよう、慎重に言う。指を一本入れて丁度いいのだ。母が溜息をついた。空気の密度が増した気がする。


「まだ交換出来るかもしれないから、咲子今度は自分で行ってきてちょうだい。交換出来なかったら諦めて中敷き買ってきなさい」


「イエスマム」


ぶかぶかのローファーを脱いで部屋に戻った。


 私服を選ぶのが面倒なので高校の制服に着替えた。流石にワイシャツだけは中学のを着て、スカートとお揃いのリボンを付けジャケットを羽織る。


外はいい天気だが、北関東特有の「空っ風」が吹いているので、念の為マフラーも持つ。母からローファーの箱を丁重に受け取り、家を出てバスに乗った。


バスは貸し切り状態で、誰もいなかった。前から三番目の席に座った。


「今日は、風が強いね」


運転手のおじさんが、ちらりと私を見ると話し出した。


「寒いですね。空っ風には勝てません」


「若い子がそう言うんだったら、おじさんもっと大変だよ。一瞬で負けちゃう」


二人のほくほくした笑い声がバスの中に響いた。


「君、風波高校の生徒さんなんかい?」


「あ、春から、そうです」


「あそこはいいよねえ、建物も綺麗で」


「行ったことあるんですか?」


「娘が、いるんだよ。それに、あの学校は時計塔がいい」


時計塔、あっと咲子は声を上げた。


「その時計塔って、ベージュの、ぶっとい建物ですか!」


「よく知ってるね」


「入れるんですか!」


「管理人さんがいるから、確か、入れるよ」


「ありがとうございます」


「行くのかい?」


「行かせていただきます」


「そうかそうか。じゃあ」


おじさんは私がバスから降りるときに、簡単な地図を手書きで書いて渡してくれた。

メロスの如く、猛スピードで走り出した。


あまりにも集中してまっしぐらに進んで行ったために、危うく、途中でローファーの交換を忘れる所だった。

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