赤い

花田 月

第1話

 曇りの日の早朝、僕は5年ぶりに自らの意思で体を起こすことができた。とは言っても、ただ体を起こしているだけで腰から下は布団に包まれているが、いつもなら母が上半身を起こしてくれるので、ひとりでに誇らしい気分になっていた。


 白色の壁にかけられた黒地に赤い針の時計に目をやると今はまだ午前4時を回っていない。母も家政婦さんも、きっと起きてはいないだろう。そのままどうすればいいかわからずに窓の外の景色だけを眺めていた。

早くから轟音を立てて無造作に走る大型トラック、時期外れだということを知らない哀しい姿で舞うモンシロチョウ、そして天敵から身を隠すことを忘れて体を寄せ合う小鳥たちのことを見て、どれくらいの時間が経っただろう。

 

 すでに当たりは白み始めていて、今まで暗くぼんやりとしか分からなかった乱れ咲く椿の花の姿がはっきりと見えてきた。僕は椿が花の中で1番お気に入りだ。昨年より豪華に咲いた花に見惚れていると、どこにでもいる汚い鳩が可憐な細い枝の上に無造作に止まり、すぐさま飛び立っていった。


 腹を立てる暇もなく首ごと落ちた一輪の赤い椿。その様を見て、自分の無力さと同時に恐ろしさを感じた。

 

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