みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る

伽羅

第1話 プロローグ

 ワンワンワン!


 大きな声で吠え立てながら犬達が執拗に追いかけてくる。


 ヘルドッグ。


 文字通り一度目標を定めたら地獄まで追いかけてくると噂の犬達だ。


 僕は必死で四本脚を動かしながら、犬達を誘導していた。


 少しでも獣人の里から犬達を引き剥がすためだ。


 その隙に兄さん達が大人達に報告に行くはずだ。


 今、里の入り口で人間が攻めてきているのは囮であると…。


 彼等の本当の目的は里の中に生まれた獣人の子供達を攫う事であると…。



 僕達獣人の里は人間の国の中の片隅にひっそりとあった。


 この国の王様は僕達獣人を快く受け入れてくれた。


 人間と一緒に暮らしたりは出来ないが、交易を交わすのを許してくれた。


 商人が来ては色々な物を売ったり、ここで作った作物を買い取って貰ったりしていた。


 しかし、人間の中には獣人を売買の対象としか見ていない者もいた。


 この国では獣人の売買を禁止していたが、他国では獣人を奴隷や愛玩動物として扱う所もあった。


 そんな輩が時々獣人の里を襲いに来るが、その度に熊や狼といった強い獣人が人間達を蹴散らしていた。


 獣人の里自体にも結界を張っているのでおいそれと人間は近付けない。


 そのはずだった。


 だが、その日は違った。

 

「人間が攻めて来たぞ!」 


 その声に僕達の両親も僕達3人兄弟を家に残して、里の入り口へ加勢に行った。


 僕達はまだ生まれて半年しか経っていなかった。


 だからその日が僕達にとって初めて人間が攻めてきた日だった。


「人間だって。父さん達大丈夫かな」


「大丈夫だよ、シリル。母さんがいつも話してただろ。すぐに追い払って帰ってくるよ」


「そうだよ。それに僕達狐の獣人は魔法が使えるからすぐにやっつけられるよ」


 そんなふうに兄さん達と話をしていると、不意に家の外で「ワンワン!」という声が聞こえた。


 僕達はびくりと体を震わせた。


 この里に犬の獣人はいないのに、何故?


「よしよし、上手くいったな。向こうに獣人を惹きつけたからこっちは手薄になっていて結界も破りやすかったぞ」


「おい、魔術師はどうした? …結界の穴の維持で動けないだと? ったく、使えねえな」


「いいから、さっさとガキを見つけて捕まえて来い。早くしないと獣人が戻ってくるぞ。手当たり次第に探せ!」

 

 そんな人間の会話が聞こえてきて僕達は青くなって震えた。


 ガチャガチャとこの家の扉を開けようとする音が聞こえる。


 このままだと3人とも見つかってしまう。


 僕達にはまだ人間に抵抗するだけの魔力がない。


 もう一刻の猶予もない。


「兄さん。僕があいつらを引き付けるからその隙に父さん達を呼んできて」


 外にいる人間に聞こえないようにヒソヒソ声を出す。


「シリル、駄目だ。お前を置いて行けないよ」


「早くしないと隣の家の生まれたばかりのウサギの赤ちゃんも攫われちゃうよ。兄さん、頼んだよ」


 僕は決意を固めると兄さん達を部屋に残して、玄関の扉が開くと同時に外に飛び出した。


「居たぞ! 狐の子だ! 追いかけろ!」


「白狐か? 捕まえれば高く売れるぞ!」


「あまり傷を付けさせるな!」


 僕の後を犬達が追いかけてくる。 


 こうして僕は我が家から人間と犬を遠ざける事に成功した。


 そうして犬達に追いかけられながら森の中を走り続けている。


 しまった!


 先程の道を曲がるのを間違えた。


 このまま進むとこの先は崖だ。


 だがもう後戻りは出来ない。


 やがて視界が開けて崖が見えた。


 崖に追い詰められた僕はジリジリと迫ってくる犬たちから逃れようとしたが、既に退路は断たれていた。


 犬たちも僕の後ろが崖だとわかっているから。不用意に飛びかかってきたりはしない。


 少しでも隙を見せたらその鋭い牙で僕を切り裂くつもりだ。


 この小さな体では犬たちの隙間を逃げようとしても、すぐに追いつかれてしまうだろう。


 犬達の後ろから人間が近付いて来るのが見える。


 もう少しだけ、と後ろ足を下げたがそこには地面はなく、空に浮いた足でバランスを崩した。


「あっ!」


 声をあげた時には既に体は宙を舞っていた。


 後は重力の法則に従って落下していくだけだ。


 崖の上からは残念そうな顔をした犬達が僕の落ちるさまを眺めている。


 あの鋭い牙の餌食にならなかっただけマシだろうか。


 お兄ちゃん達は無事に父さん達に合流出来たかな?


 父さん達は人間達から里を守れただろうか?


 このまま川に体を叩きつけられたら骨が砕けて即死かな。


 痛いのは嫌だからもう少しゆっくりと落ちればいいのに…。


 そんな事を考えながら落下していると不意に落下の速度が緩やかになった。


 あれっと思うまもなくやがてポチャンという音と共に川に落ちていた。


 だが泳いで岸に辿り着こうにも流れが早く、ただ体が流されるだけだった。


 どんなにあがいてもどうにもならないので、僕は抵抗を止めて川の流れに身を任せた。


 骨折で死ぬのは免れたけど、このまま溺れて死んじゃうのかな。


 転生したはずなのに短い人生、いや狐に生まれ変わったんだから狐生だったな。


 流されながら、僕は狐に生まれ変わってからの事を思い返していた。

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