先輩、死んでみませんか?

染田 正宗

プロローグ

 初めて見た君の文は、どこか拙かった。けれど何度も繰り返し語った詩、それの連なった物語にはとても熱がこもってみえて、そしてそんな文字達で描かれた世界と彼女の姿は美しかった。

 「どうですか?」

 その想いは、偽りかもしれない。けれど確かに僕は思ってしまったんだ。自分も文が下手であったしきっと今もそうである。しかし彼女の力強い感情が訴えかけてくるような小説は、きっと僕の書いているものと比べて、それは、遥か、空のむこうであったと。


 夢に一直線の君に、僕は生きた心地がしなかった。殺されるんじゃないかと思ったんだ。歴史の授業で聞いた必死に生きた偉人の如くその集中力と行動力を併せ持つ君は、表現者として僕の憧れだった。それが故に、自分は決定的な”負け“がそこにあるのでは感じた。そして自分はさながら歴史の中にいるただの傍観者のようで、見せつけられるだけのその環境が窮屈だった。そう、


 「もう、やめないか?」

 僕は君のファンだった。しかし打ち解けたくはなかった。理解して行くことが恐怖だったからだ。何故なら僕にとっての彼女は身近で最強だ。ならばそれの理解は、自分の非力を浮き彫りにしてしまう。彼女の光がこの影を濃く大きくするのならば、自分は走って逃げたくもなるだろう。

 「どうしてですか?先輩」

 

 僕は彼女を好きではない。決して好きではない。好きになってはいけない。この人生においての一条の光明を邪魔してはいけない。


 「君はきっと、この先有名になるのだろうな」

 「そんなこと...」

 哀しそうに言う彼女の目が、僕を否定する。正論のようなその眼差しは自分の喉を締め上げ発声を阻害した。


 「君と出会ったのはいつの日だったかな」

 「ニ年前の春ですよ、先輩。梅雨真っ盛りのその時期に、公園で先輩が私を助けてくれたんじゃないですか」

 吐き気がする。そんな訳がなかった。自分はそんな高尚な存在ではないのだから.....。これ以上惨めになりたくなかった。

 

 寂しそうな雰囲気に誘われ、誘蛾灯に群がる虫である僕は死にに来た。酔いに来たと言ってもいい。公園の真ん中で雨に打たれて、学生服で、傘もささずに心中での自虐を楽しんでいた僕の前に君はいた。泣いていたのだろう君に、自分は歩みを進める。

 「どうかしましたか?」

 初対面ながら僕が聞いたのは一目惚れをしたからだ。セックスしたかった、と言ってもいい。恋とは性欲、であり、僕は常日頃から愚かなものと思って生きてきた。だからこれには下心があったと思う。それは我ながら許せなかった。気の迷いであった。


 かつて好きな人がいた。長い麗らかな黒髪を持つ高貴な美女。中学校のアイドルだった。僕は告白した。好きだった彼女に、なんのアドバンテージもないまま。もちろん失敗した。


 自分を詰った。失敗した恥ずかしさからじゃない。気持ちが悪かった。自分の中でフラれた後消えて行く感情に気付いたからだ。それこそが性欲だった。僕は醜悪な化け物だったことを、ここで自覚した。


 誰かの豊満な胸を、誰かの程良くしまった身体の線を何度も想像で弄んだ。ベッドの上で目を閉じるたび淫乱に僕を誘う、あの子がいたからだ。全てが終わって自分はなんてことをしてしまったのだろうと泣きたくなった。

 僕は毎回その度に嘔吐して、耐えられなかった。


 先輩と呼んでくれる彼女の前にあたかも救世主の如く出でた僕は、愚かな歴史の体現者だ。人は何も学ばず、無意識に繰り返す。それが同じモノと知ることもなく。過去と同じであると知ることもなく。それがどんなに愚かしいことか、気持ちの悪いことか。希望を見てしまうなら、叶わぬ先があるのなら、薄っぺらなことしか言えぬならば_____、きっと生きている価値なんてない。


 怨みなど誰にもなかった。それは嘘かもしれない。ただ一人、自分へはあった。今の僕を僕たらしめたのは環境じゃない。原因は自己なのだ。絶対的に僕が悪でしかないのである。当たり前だ。何故なら自分はどこにでもいる只の男子高校生でそれ以上でも以下でもない。ただ皆より気持ちが悪かっただけ、歪んでいただけ。特別でも底辺でもない。救われるような存在じゃない_______。


 ________ならば誰が僕を救える?


 ________いや、誰がこんな人間を救いたい?


 ________自ら堕ちていったマヌケを、誰が認める?

 

 ____どうすればよかったのか...。


 もしも過去に戻れたのなら僕はきっと全てを許さない。誰にも触れず、何も話さず、自己の絶望だけで話は終わる。バッドエンドがハッピーエンドの対になるのではない。バッドエンドでも結末が最善ならば、それはハッピーエンドとなるのだ。僕はそう思う。決して悪いことではないのだ。

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