第12話

 なんだかんだ整備長の奈子の説明を聞き終えてから、朝比は白式びゃくしきのコックピットへと乗り込んだ。


 連絡船襲撃の際には操縦桿を握ると膨大なデータが一気に頭に流れ込んできた。そのことを覚えていた朝比は恐る恐る二本の操縦桿を握る。だが、何も起こらなかった。


「あれ? どうして何も起こらないんだ?」

『さっきも言ったでしょ。初起動の時にしかデータは送られてこないって』

「そうでしたっけ?」


 興奮し過ぎて何も聞いていなかった。


 朝比は操縦桿から手を離し計器類や全天周囲モニターの写りをチェックする。


「改めて見ると内装は意外と普通ですよね」

『って言うか一般の量産機よりスイッチとか色々少ないんだよねぇ。なのにスペックは瑪瑙たんの緑士りょくしを超えてるって……凄いよね』


 白式は初めて朝比達がラボに来た時に奈子の手に渡った。それからというもの白式は奈子の手によって調整が施されていた。


 朝比は身体造りとして今までの訓練を乗り越えてきた。ゆえに朝比にとってコックピット内は天国そのものだ。


「これのコアって普通の宝石じゃないんですか?」

『うん。機構人の動力源、つまりコアは、特殊な鉱物『ジュエル』で出来ているの。でも、その外見は宝石ととても酷似していてMCが出現するまで誰も気づかなかったんだあ。しかも、エネルギー総量は核の次に凄いんよぉ』


 分かりやすい説明をしてくれるところがまた優しい。本当ならこの説明だけで教科書五ページ分はある。専門用語を使わずによくここまで単純に纏められたものだ。


 奈子は説明を続ける。


『だから最初は機構人のことをジュエルナイトって呼んでたんだけど、整備士たちの中では機構人って呼ばれてて、次第にそれが本当の名前ってことになっちゃったんだ』

「なるほど」

『操縦方法は分かるよね?』

「はい」

『あと説明してないことって有ったっけ?』

「武器のことなんですけど……」

『ああ、忘れてた』


 武器の話を忘れる。朝比は驚きというより、むしろ面白かった。


『武器は元々機構人に付属されてる物なんだけど、機体の各部にあるクリスタルみたいなのあるでしょ? あれからまた別の武器を出すことが出来るの。ダウンロードとかインストールと同じかな』


 この時代において、そんな単語を聞くとは思わなかった。地球上の衛星はMCが放つ強力な妨害電波や破壊活動によってほとんど使い物にならなくなっている。そのため、電話やメールといったものは過去のものになってしまっている。今の連絡手段は手紙というすたれたものだが、届け先さえ書けば二、三日で確実に届く。


 もっとも両親のいない朝比にとってはどうでもいいことなのだが。


「タイムラグは?」

『基本的に弾切れのリロードにしか使わないから数十秒かな。でも武器そのものが破壊された時はそれなりに掛かるね』

「分かりました。それと『換装』って何ですか?」

『よくぞ聞いてくれました‼』


 声だけでも分かる喜びの爆発。

 それほど興味深い機能だということか。


『なんと、私も換装については知りませーん!』


 それから笑い声が聞こえた。本当に知らないということだろう。


『理論は破壊された武器を実体化させることと同じだよ?』

「実体化?」

『うん。機構人もそうだし武器もだけど、元はデータの塊みたいな物なの。だから収納する時にUSBメモリーに似た形になるって言われてるんだ。実際かどうかは知らないけど。あっ! でもね、白式の換装用の装備はいくつか見つけておいたから今日中に一つくらいは完成させとくよ』

「お願いします」


 朝比はあらかたの説明を聞き終えて、操縦桿を縦横左右に動かす。駆動系には電源を入れていないため手足が動くことは無い。だから安心して動かすことが出来る。


 そして思い出す。


 連絡船襲撃の際に自分がどのようにしてこの機構人を動かしたのか。無我夢中だったとは言え、あそこまで動かせるとは思っていなかった。


 それにあの発作が起こらなかったのも不思議に思えた。


 極度の緊張とストレスで精神的に追い詰められた時によく起こる。しかし、よく考えてみれば、あの場にリンがいたからかもしれない。リンが近くにいれば不思議と安心してしまう。そう考えると少し顔がニヤけてしまう。


『私の師匠……皆は「博士」って呼んでるんだけど、その人が作った機構人だから性能はやっぱり折り紙つきだね。それより健くんの方もチェックが終わったみたいだけど、どうする? シミュレーターで動かしてみる?』


 奈子からの通信に朝比はニヤけていた顔を叩いて元に戻す。


「はい。お願いします!」

『気合十分って感じだね』


 今から行われるのはシミュレーターを利用したバーチャル世界で朝比の白式と健の量産機を改造した『グレイブ改』の戦闘訓練だ。


 ステージは実戦を兼ねた海の上。岩場なども無い一面青色が広がっている。


 本当に海だけだ。


 深さも本物と同じようで、沈み過ぎると水圧で潰される設定もなされている。出来るだけ実戦に近付けるというよりも、実戦の環境をそのままにした学園随一の再現度のシミュレーター。


 訓練開始場所はお互いに限界まで目視できないほど離れた場所からだ。


☆☆☆☆☆☆


 白式の全天周囲モニターに海と空だけが映る。


 不思議な感じがする。


 朝比達がいる場所は学園島のラボにある格納庫の中だ。


『そんじゃ始めっから負けた方は、そうだなぁ砂浜二十周な』


 瑪瑙の信じられない罰ゲームに二人は真剣な眼差しでセンサーに映る互いの機構人を見つめる。特に朝比は同じ隊の中でも極端に体力が無いため負けるわけにはいかない。


 モニターに『START』の文字が浮かび上がり戦闘訓練が開始された。


「行くぞ!」


 朝比はバーニアの出力を全開にして健の機構人へと突き進む。


 白式の武装は前回とは異なり、左腕には鳥の頭のようなシールドがジョイントされており、それには二門の銃口が装備されている。そして、背部には一対の大きな翼が取り付けられている。それを展開すると内部には白式のメインバーニアよりも出力が高いバーニアが左右一基ずつ搭載されている。


 グレイブを改造したグレイブ改に勝つには十分すぎる装備だ。


 白式は白い尾を引いて海面上を翔る。


☆☆☆☆☆☆


 健はグレイブ改のコックピット内で酷く落ち着いていた。


 なぜなら、これは訓練であり実戦ではないからだ。


「さて、取り敢えずどうやって勝つかだ。スペックはこっちの方が劣ってるし、正直まだ慣れないところもある。武装は実体剣二本とマシンガンが一丁、そしてシールドとデータ状のミサイルポットか。こんな状況で勝つにはちょっとした機転が必要だな」

『おい、何ぶつぶつ言ってんだ! 始まってんだぞ‼』


 健は不意に瑪瑙の怒鳴り声が聞こえたため驚いてしまい、うっかり操縦桿をずらしてしまいグレイブ改を転倒させてしまう。


 海面上で転倒というのはおかしな話だが、現実に健のグレイブ改は海面で転げて今も倒れている。本当なら鉄の塊の様な機構人は浮かぶはずがない。むしろ沈んでしまうのが当然だ。なら、どうして沈まないのか。


 機構人の動力源となるジュエルが特殊な重力場を発生させて機体を浮かせているのだ。


 もっとも、これは任意に解除できるため、健は敢えて解除した。


 そして海中へと姿を消した。


「センサーが感知できなくなるまで潜ってから、あとはどうすっかなあ」


 健は頭を掻きながらセンサーに映る白式を確認する。


 あと数秒で真上にくる。真下からの攻撃なら海水の流れも安定して気付かれないかもしれない。


☆☆☆☆☆☆


 奈子達は別室のモニターで二人の行動を常時確認している。


 瑪瑙は健の判断に関心していた。


「凄いな」

「瑪瑙たんもやろうと思ってた?」

「ああ。スペックで負けるなら戦術で叩くしかねえからな。あと瑪瑙『たん』はやめろ!」


 なるほど、と奈子は呟き再度モニターに目をやる。


 どうやら動きがあったようだ。


 白式はグレイブ改が姿を消した場所に到着し、シールドを前面に構えて辺りを見廻し始める。


 直後、白式の足元の海面から何本もの細い水柱が立ち上った。よく見るとそれは健のグレイブ改の主兵装であるマシンガンの弾丸だった。つまり、健が海中から仕掛けたと言うことだ。


 白式は足をジタバタさせて後方へ下がっていく。


 それを追うかのように水柱が一直線に現れる。


「凄いですね」

「流石、南雲くん」


 麻衣ときよこは奈子達先輩の背後から静かにモニターを見ている。


「南雲くんの動き、とても素人の動きとは思えない。月ではどんなことを教えられてたんだか」

「そうですね。健くんの操縦は確かに上手いです」

「うん。でも、朝比も負けないくらいの動きをしている」

「確かに掠りもしてませんね」


 そう。麻衣の言う通りだ。朝比は一発も直撃を受けていない。もちろん掠りも。


「これ朝比の負け、かもね」

「花上もそう思うか?」

「ええ、だってこれ……」


 きよこが言い掛けたところでスピーカーから爆発音が聴こえた。


 モニターには白式を覆い隠すほどの大きな水柱と黒煙が舞い上がっていた。

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