第九話 The Finale(4)

***


 ――美しき令嬢の悲願の復讐劇。ゴードン・ベイリアルの残酷な企みは三年前の事件の真実と共に明らかになり、アンジェラ・ベイリアルはその身をもって両親の復讐を遂げたと同情を誘う文句のニュースが各社の新聞で発刊され続けた。


 そこに悪魔の存在が記されることはなく。今はベイリアルの傍系たちが騒ぎ出し、血塗られたベイリアル家当主の座を奪い合うように日々策略が張り巡らされるばかりだ。


 そんな中その醜い争いに参加することもなく、ミシェルはドラン領の屋敷でアンジェラの死を伝える新聞に目を通していた。


「…アンジェラ…」


 新聞に描かれたアンジェラの肖像画を指で撫でるミシェル。誰もが羨むほど仲睦まじかった妹夫婦は死に、その愛娘である姪さえも死んでしまった。その事実に、ミシェルは誰よりも深く悲しみ落ち込んでいるのだろう。メイドたちが気を利かせて一人きりにしてくれた部屋の中で、ミシェルはその肩を震わせていた。


「…アイリーン…っ」


 自分の妹であり、アンジェラの母であるその名をミシェルが呼ぶ。その言葉のあとには、涙に濡れた嗚咽が続くのだと、ミシェルを知る誰もがそう思っていたはずだった。


「…っふ、ふふ、あはは…っ」


 ミシェルの口から零れた、楽しげな笑い声。


「いやだわ、まさか全員死んでしまうなんて…!」


 仲が良い姉妹と評判だったミシェルとアイリーン。しかし二人が心から仲が良かったのは、あの集まりでグレンと出会うまでのことだった。


「嗚呼、可哀想なアンジェラ。アイリーンの子でなければ死なずに済んだのに」


 ミシェルとアイリーンがグレンと出会ったあの日、ミシェルもまた、グレンに一目惚れをして恋心を抱いていた。それなのにグレンが選んだのは妹のアイリーン。幼い頃からミシェルの心の中にあった賢くて誰からも愛される妹への嫉妬心は、このときに爆発した。


「アイリーンがグレンを選ばなければ、アイリーンもアンジェラも死なずに済んだのにね。…ふふっ。まあ今さらどうしようもない話ね」


 読んでいた新聞を乱暴にテーブルの上へと投げ捨てる。そうして全てから解放されたような清々しい気持ちで窓を開け放てば、気持ちの良い夜風がミシェルの頬を撫でた。


 ミシェルは目を閉じて、胸いっぱいに夜の空気を吸い込む。妹にそっくりで忌々しかった姪の姿を二度と見なくていいと思うと、最高の気分だった。


 と、そのとき。風向きが変わった気がして目を開けると、目の前には象牙色の髪とルビー色の瞳が美しい一人の男が立っていた。


「っ!?貴方、どこから――」


「静かに」


 その蠱惑的な声に抗えるはずもなく、ミシェルはすぐに口を閉じる。静かになったミシェルを見た男は満足そうに口元に笑みを称え、その手でミシェルの顎をすくって彼女の目をまっすぐに見つめた。


「――嗚呼、やはりお前が一番あの子との血が濃いね」


「え…?」


「できるだけ濃い血が贄として必要なんだよ。……あの子を手に入れるためには、ね」


 男が何者なのか。何の話をしているのか。そう問いかける前にミシェルの意識は暗闇の中へと沈んで行く。そうしてその男に攫われたミシェル・ドランの姿を、誰も見つけることは叶わなかった。

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美しき令嬢の復讐劇 秋乃 よなが @yonaga-akino

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