第三話 The Eyes(5)
「ルークはとても貧しい農民の出で、食べるものに困ったご両親が家族のためと、ルークを身売りに出してしまったそうです。ルークにはまだ幼い弟や妹たちがいて、家族のためならと本人も納得の上だったと、以前にルークが話してくれました」
売られた先でルークは、一日一回質素で少量の食事のみを与えられ、寝る時間以外は働き通しの生活を強いられていた。やがて無理が祟った身体は思うように動かなくなり、そうなれば役立たずとして働いていたところから追い出されてしまった。
そうして行き場を求めてさ迷っていたところを、グレンが保護をして屋敷に連れ帰ったのだという。
「初めてルークを見たときは、とても驚きましたわ。当時のわたくしと同じくらいの背で、わたくしよりも細くて…。ルークが男の子で、わたくしよりも年上だと知ったときは、とても信じられませんでしたもの」
幸いなことにルークは病を患っているわけでもなく、極度の栄養失調だということ以外は健康な身体だということが分かった。
毎日十分な食事を与えられ、使用人としての教育を受け、どんどん知識を吸収しマナーを身に着けていったルーク。初めて会ってから三ヶ月を過ぎた頃には背も高くなって、ルークは立派な少年へと姿を変え始めていた。
「ルークはわたくしの父に一生をかけても足りないほどの恩があると言っていましたわ。だからこそきっと父が愛してくれたわたくしを…自分の命に代えても守ると言ってくれるのでしょう…」
そう薄く微笑んだアンジェラの表情は、どこか寂しげだった。
「――そういえばハント警部もルークも、なかなか戻っていらっしゃいませんね」
「そうですね。どこまで煙草を吸いに行ったんでしょうか」
ちょっと探してみます、とギルバートが立ち上がったときだった。ちょうど応接間に、ダリウスとルークが戻ってきた。
「お待たせしてしまったようで、すみませんな。つい執事殿と話し込んでしまいまして」
「あら、ルークと?珍しいこともあるものですね。彼、無口でしたでしょう?」
「一方的に俺の話を聞いてもらっていたようなものですよ。執事殿も、いろいろすみませんね」
「……いえ、」
全く悪気のなさそうなダリウスの謝罪に、ルークも小さく返した。
「すっかり長居してしまいました。また事件に関して進捗がありましたら報告に来ます」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。ルーク、お二人のお見送りを…」
「いやいや、大丈夫ですよ。丁寧な扱いには慣れてないもので」
「まあ。では、せめて玄関まででも」
その言葉通り、玄関まで見送りを受けたダリウスとギルバート。辻馬車を拾って乗り込むなり、ダリウスがその口を開いた。
「――執事の方から現ベイリアル家当主と良からぬ関係がありそうな奴の話を聞き出してきたぞ」
「やっぱりそうだったんですね。首尾はどうでした?」
「執事本人が現ベイリアル家当主の屋敷に出入りしているわけじゃないから確証はないが、当主との繋がり欲しさにあの屋敷に来たことがある奴らを教えてもらった。そいつらを調べれば、もしかしたら有力な情報が出てくるかもしれん」
「……早く犯人を見つけたいですね。ベイリアルさんもかなり怯えていましたし…。やっぱり僕には、彼女が犯人だなんて思えません…」
「それは調べてりゃその内分かるだろうよ。…おい、ギル。事件の関係者に変な期待を持つんじゃあないぞ」
「……はい」
「――俺はお前のことも心配だよ」
「え?」
「いや、なんでもない。署に戻ったら調べものが待ってるぞ」
「はい!」
***
――夜の静寂の中。蝋燭の灯りだけが薄っすらと揺らめく部屋の中に、その二つの影はいた。
大きな影が、小さな影へゆっくりと近づく。そうして幼い子どもが母親に甘えるように、大きな影はその場に膝をつき、小さな影を縋り付くように抱きしめた。
小さな影は母親が我が子を宥めるように、その大きな影の頭を優しく撫でる。そして小さな影は、蝋燭の灯りの方へと視線を移した。
そこには一つ、太さのある円形のガラスの筒が照らされていて。
「――なんて美しいサファイア色なのかしら。元の持ち主には勿体なさ過ぎるわ。この色が本当に似合うのは、世界でたった一人だけなのだから」
ガラスの筒の中では、その光を失った二つの球体が浮かんで揺らめいていた。
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